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世界の富裕層の取る資産防衛、それは分散投資

2022.10.21

香港在住プライベートバンカー長谷川建一が語る世界の富裕層が資産を守り抜く方法とは

世界有数の金融拠点・香港で、超富裕層向けのプライベートバンカーとして活躍する日本人がいる。それがWells Global Asset Management Limited, CEO長谷川建一氏だ。2022年5月『世界の富裕層に学ぶ海外投資の教科書』(扶桑社刊)を出版したばかりの長谷川氏に、日本と海外の投資や事業継承の考え方の違いや日本人が知るべき資産運用についてインタビューした。世界の富裕層がどのように財産を守り、投資を行ってきたのかなど、これまで知ることがあまりなかった実態なども含め、興味深いインタビューとなった。



世界の金融を熟知する日本人プライベートバンカー

 

まず、長谷川建一氏のバンカーとしての歩みを紹介しよう。

 

ニューヨーク、ロンドンに次いでアジアの金融センターと称される香港。この地で自ら金融機関会社を創業し、国際金融ストラテジストとして活躍する長谷川氏が、金融の世界に足を踏み入れたのは約34年前のこと。新卒でアメリカ最大手金融機関「シティバンク」に入社し、1997年にはニューヨークの本社に赴任し3年間トレーディング業務に携わった。

 

「日本はバブル崩壊という時でしたが、当時、クリントン大統領が経済政策に力を入れていたこともあり、アメリカは非常に景気が良かった時期でした。金融市場でのリスクテイクも盛んでしたし、グローバルな金融の中心地ニューヨークで、何千億円、場合によっては兆円単位のお金を動かすようなダイナミズムの中、金融マンとしてさまざまな経験をさせてもらいました。まさに金融のおもしろさを知ったのもこの時です」

 

その後、シティバンクがトラベラーズグループと合併することになり、2000年に帰国。日本ではプライベートバンク部門で商品企画やマーケティングを担当した。その実績と手腕が買われ、当時マーケティングに力を入れようとしていた東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に籍を移す。

 

 




長谷川建一 長谷川建一

シティバンクには16年間在籍。当時、取引相手や関係者たちからは「シティのプリンス」と称され、日本の組織を背負って立つことも期待されていたという。その後、移籍した日本企業である東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)では「“黒い眼の外人”と言われていました(笑)」




初めて勤める日本の組織や企業文化にカルチャーショックを受けながらも、マーケティングから合併事業までを担当。そんな多忙な日々が続く中、やはり自分がやりたいのは資産運用やプライベートバンクの業務だということに気づいたという。

 

「ちょうど社内でもグローバルにプライベートバンクをやろうという機運があったこともあり、2010年に香港でウエルスマネージメント部門を立ち上げました」

 

その後三菱UFJ銀行はこの事業から撤退するが、ウエルスマネージメントの重要性を信じていた長谷川氏は、香港で自ら会社を起業、2015年には香港で銀行を立ち上げるに至った。そして2021年に再独立し、証券会社をはじめとする金融グループを設立。富裕層向けにサービスを展開する金融グループのトップとして、国内外の顧客から多大な信頼を得ている。

 

「プライベートバンクとは、一定金額以上の金融資産を有する富裕層向けに、特化したサービスを提供する金融機関の事。顧客の金融資産を預金として預かるだけではなく、資産運用をサポートしたり、資産の保全や次世代への継承に備えての対策や仕組みを構築したりもします。石を投げればファンドマネージャーに当たると言われる香港での人脈も駆使して、日本では得られない投資機会の発掘やサービスを提供しています」



不透明な時代にこそ必要な分散投資

 

そんな長谷川氏が資産運用に関し、一貫して勧めてきたことが資産の国際分散投資だ。

 

「日本の富裕層の資産構成は、金融資産、不動産などで一見、分散投資しているように見えますが、実はほとんどが日本国内の資産、日本円建ての資産です。日本の経済状況が悪くなれば、資産全体に大きな影響を被ります。資産の集中により、リスクが高いことに気づくべきです」

 

そんな過度の集中リスクを回避するために、必要なのが特定の国や商品に偏らない分散投資というわけだ。確かにCOVID-19やロシアのウクライナ侵攻、現在の止まらない円安やインフレなど、世界は先行きが不透明で、想定外の事態はいくらでも起こる。それは超富裕層でなくても、誰もが気を付けておくべき方法となるだろう。

 

「アメリカ人も、基本的には投資は国内の株や債券であることが多いんです。ただ、アメリカの大手企業はグローバルに事業展開している企業が多い。だから国内商品に投資しても、それは自然と国際分散投資になります。またアジアの富裕層は、自国の経済規模が小さいとの認識がベースにあるので、投資先の地理的な分散を考えています」



オフィスは香港の街を眺める高層ビルに位置する。 オフィスは香港の街を眺める高層ビルに位置する。

オフィスは香港の街を眺める高層ビルに位置する。

 



アジア随一の金融センター、香港のメリットを活かす

 

そこで注目するのが香港という地のメリット、金融の自由度の高さだ。

 

「オンショア市場で規制の多い日本と異なり、香港では世界標準のルールが適用され、規制も分かりやすく、幅広い金融商品を提供することができます。もちろん日本でも海外の金融商品を購入することはできますが、それはあくまでも日本の規制の下に展開されているもののみ。香港ではアメリカ、ヨーロッパはもちろん、例えばアジアのフロンティアと言われる中央アジアを対象とした投資機会を提供するファンドなどもあります。世界中の金融商品のラインナップから自分に合ったもの、気に入ったものを選び、購入することができます」

 

香港に関しては、中国の一部であることに不安を感じる日本人も多いが、そこには誤解も多いと言う。

 

「確かに中国本土は人・モノ・金の移動などさまざまな制限があったりしますが、香港は人の移動も情報のやり取りも自由で本土と香港で適用されている制限はレベル感が全く異なります。政治は政治、経済は経済という政経分離の考えで成り立っています」

 

特に本土と大きく違うのが、お金の移動だという。「例えば、日本の方が中国に投資をして成功し、利益が出たので引き揚げようとしても、中国から持ち出せるのは1人当たりわずか5万USドル(約700万円)まで。それ以上のお金の移動には許可が必要で、基本的に資産の移動は許されません。しかし香港ではそういうことがまったくありません。10億円でも20億円でも、域外に送金することには何の制限もありません」

 

今後に関しても、香港の自由度は確保されるだろうと長谷川氏は読んでいる。「もし香港が本土と同等の厳しさになったら、その瞬間に香港の存在意義はなくなるでしょう。香港の富も大きく棄損します。それで一番損するのは誰かというと、中国に他ならない。中国にとって香港は、自由な市場へのアクセスポイントとして現在同様に機能してくれることが非常に重要なんです」

 

ちなみにアジアの金融市場というとシンガポールも話題に上るが、その市場規模は比ではない。

 

「香港の証券取引所の時価総額の合計は、東京証券取引所とほぼ同じ。対するシンガポールは香港の1/5程度しかないのです。日々の取引も、シンガポールはまだまだベトナムやジャカルタ市場ほどの規模。金融市場へのアクセスを考えれば、香港にはものすごいアドバンテージがあることは事実です」



「世界の富裕層に学ぶ 海外投資の教科書」(扶桑社) 「世界の富裕層に学ぶ 海外投資の教科書」(扶桑社)

長谷川氏の著書「世界の富裕層に学ぶ 海外投資の教科書」(扶桑社)。国際分散投資やプライベートバンクについてなど、海外投資のノウハウがわかる。



資産を守り確実に受け継ぐ、成功する資産継承

 

また富裕層が悩むのが資産の継承だ。特に相続税が高い日本においては、相続が3代続くと家がつぶれるとの言葉が現実となる事例はよくあること。

 

「世界の超富裕層の方は、自分の名前や自分の会社名では財産を所有していません。多いのがトラストや財団というやり方。世代を超えて資産を受け継いでいくために、世界の富裕層が活用しています」

 

トラストとは、日本では、信託銀行などが類似したサービスを提供しているが、中身は相当に違いがある。もちろん似た点もあり、委託者がその資産を受託者に託し、委託者の意思を反映するように受託者が株式や債券で運用する点や、受託者が委託者の意思に基づいて受託者に経済的な利益を払い出していくなど類似点は多い。

 

トラストはさまざまなケースがあるが、基本的には資産を信託銀行に委託しトラストを設定。そのトラストのもとに設立された資産運用会社の運用で得られた利益を指定された人が受け取るようにするもの。資産の所有はしていないが、トラスト自体を支配することで適切かつ安定的に利益を得ることができるというわけだ。

 

「ほかにもさまざまな防衛手段はありますが、日本の富裕層は残念ながらなかなか防衛策を取ろうとしない。でもその方法を知っている超富裕層は、確実に資産・事業をしっかり守り、次世代に受け継ぐ準備をしています」



長谷川建一 長谷川建一

顧客には日本在住の方を中心に、アジアの富裕層も多い。海外の投資商品を、日本の状況を良く知るバンカーに日本語で相談できるのは日本人にとっては大きな安心感に。



世界の金融のノウハウを知らないことは、資産を増やさないどころか大切な事業さえも失うことになる。そのためにできることを日本人として導いてくれるのが、長谷川氏なのだ。

 

「世界の、特にアジアの富裕層は資産を守ることの大切さに対しての意識はとても高い。手段はいくらでもあるんです。日本人の方々も、ぜひそうあってほしいと思います」

 

今後もセミナーなどを通して、香港をゲートウェイとした国際分散投資の有用性を伝えていきたいという長谷川氏。自分の資産は積極的に守り、そして増やしていく。知るべき金融の世界を自ら理解し、ぜひ明日へと活かしてはいかがだろうか。

 



長谷川建一 Kenichi Hasegawa

京都大学法学部卒業、神戸大学経営学修士(MBA)。シティバンク東京支店およびニューヨーク本店にて資金証券部門の要職を歴任後、リテール部門やプライベートバンク部門で活躍。2004年東京三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に移籍し、リテール部門のマーケティング責任者、国際部門のウエルスマネージメント事業戦略に携わり、2010年に香港で同事業を立ち上げた。2015年に資産運用専業の銀行となるNippon Wealth Limitedを創業。2021年に再独立し、Wells Global Asset Management Limited(SFC CE:BS1009)を設立。香港SFCから証券業務・運用業務のライセンスを取得して、富裕層向けサービスを提供している。


Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Miyuki Kume

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