小林圭シェフと佐藤充宜シェフ小林圭シェフと佐藤充宜シェフ

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小林圭シェフと和菓子店とらやが創るキュイジーヌ・テロワール

2022.9.1

2度目の秋を迎える御殿場「Maison KEI」が目指す、レストランの正解とは

小林圭シェフ(左)と、「Maison KEI」でシェフを務める佐藤充宜。佐藤はパリの店で長く小林の右腕を務めた後、この店のシェフに就任。

御殿場にある「Maison KEI」は、小林圭シェフ率いるパリの三つ星レストラン「Restaurant KEI」と500年の歴史を誇る老舗和菓子店「とらや」とのコラボレーションによって実現したレストランだ。「Maison KEI」を語るとき、どうしても話題は華やかなスターシェフ、小林圭のことに終始するのだが、当の本人である小林が「とらや」に飽くなき尊敬の念を抱いていることが、このレストランを支える思想の骨格になっていると私は思う。

 

 

2021年1月30日にオープンして以来、コロナ禍にも関わらず予約困難の状況が続く「Maison KEI」だが、久しぶりに訪れたこの夏もまた、温かな感動に包まれた。19ヶ月というこの期間中、紆余曲折や新たな気づきもあっただろうが、このレストランを開くまでにかけた何年もの時間、シェフやスタッフ、そして「とらや」が何を考え、何を見つめて歩んできたのか、話を伺った。




「日本人初」に意味はないと語る
小林圭シェフが目指すものとは

 

もう何年前になるだろうか、小林シェフと初めて話した日のことを今でも思い出す。知人による紹介で、白金にある中国料理店で会食した時のことだ。この金髪の鋭い目をしたシェフが多くの美食家やジャーナリストを虜にする理由、近い将来に3つの星だけでなくもっと遠い山頂にまで上り詰めていくのだろうということを、私は漠然と感じたのだ。

 

 

確か、「味わいに絶対的な基準は存在するか」という話だった。私は「ないと思う」と言い、その理由として人は食べ慣れたものを美味しいと感じるし、好みや環境によっていくらでもその感覚はブレるから、というようなことを話した。シェフは「僕は、まったく逆の意見です」と答え、彼の師であったアラン・デュカスやジョエル・ロブションといった巨匠たちは食文化の異なる国々で自らのレストランを構え、それらが一定の成功を収めていることなどを例に挙げて説明してくれた。要するに、本当に美味しいものとは時代や食文化、個人差にとらわれることなく歴然と存在すると考えている、ということだった。

 

 

その上でシェフは、「僕は日本人初の◯◯◯」というポジションは目指していないと断言した。「僕は小林圭として頂点を目指します。富士山ではなくエベレストを登る。宝石ではなくダイヤモンドになります」と、淡々と口にしたのだった。

 

 




富士山を眼前に望む「Maison KEI」。赤坂にある「とらや」虎屋と同じく、建築家の内藤廣による整然とした美しさが印象に残る。 富士山を眼前に望む「Maison KEI」。赤坂にある「とらや」虎屋と同じく、建築家の内藤廣による整然とした美しさが印象に残る。

富士山を眼前に望む「Maison KEI」。赤坂にある「とらや」と同じく、建築家の内藤廣による整然とした美しさが印象に残る。

 




今さらではあるが、小林圭という人について簡単に記しておこう。長野県に生まれ、長野や都内のレストランで修業したのちに渡仏。「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で7年間勤務し、最後の5年間はスーシェフとして勤めた後に独立し、2011年に「Restaurant KEI」をオープンさせた。この店が一つ一つ星を増やし、2020年にアジア人として初めてフランスのミシュランガイドで三つ星を獲得した際は、内外で大きな話題となった。

 

 

しかし、その裏ではもう一つ、長年の大きなプロジェクトが進んでいた。それが「とらや」との協業で御殿場に作られたフレンチレストラン、「Maison KEI」だ。小林と「とらや」との関係は古く、2020年夏に「とらや」18代目代表取締役社長に就任した黒川光晴氏が2010年にとらやパリ店に勤務していた頃からの付き合いで、その頃から「未来への一手」をどこに指すかという話が双方の間で温められてきたのだという。

 




とらやと御殿場、切っても切れない関係が
新たな食の舞台を醸成する

 

御殿場の「Maison KEI」とパリの「Restaurant KEI」、何が異なるのかといえば、ここが完全に御殿場のテロワールを表現する店であることだ。御殿場には、「とらや」が1978年に開設した餡や羊羹を製造する主力工場があり、それ以降、新業態の店舗を開設するなど、この地に対する同社の思いは深い。小林にしてみても、パリでは実現し得ない店をと考えた際、日本の地方都市で「地域の活性化」ということを視野に入れ、テロワールを大切にした料理を出すという指針に落ち着いたという。

 

 

そんな経緯があっただけに、「Maison KEI」で味わえる料理はいずれも、何千回も繰り返されたであろう確かな技術の上に、優しく力強い土地のテロワールが余すところなく表現されている。そこに加わるのが、「とらや」の誇りともいうべき「餡」のテイストだ。パリ「Restaurant KEI」のスペシャリテとして人気のデセール「ヴァシュラン」が形を変えて御殿場の店でも登場しているのだが、見た目以上に違うのが「餡」が使われているという点。「とらや」の菓子職人がパリの店の厨房に入り、1年以上の時間をかけて「とらや」の餡の真髄を、御殿場の店でシェフを務める佐藤充宜をはじめとするスタッフたちに伝授してきたという。

 




「ジャルダン・ドゥ・レギューム・クロッカン(庭園風季節のサラダ)」 「ジャルダン・ドゥ・レギューム・クロッカン(庭園風季節のサラダ)」

静岡の野菜を30種類も使うスペシャリテ「ジャルダン・ドゥ・レギューム・クロッカン(庭園風季節のサラダ)」。ふんわりしたレモンの泡や敷かれた3種のソースもろとも、しっかり混ぜて味わう。




星は3つあれば十分。
コンセプトごとにスタイルを変える意味

 

オープンしてからもしばしば、小林は御殿場の店に顔を出している。もちろんコロナ禍という状況もあり、パリの店も営む身。しかし、昨年に続き今年も夏のバカンスはそのまま日本に飛んで戻り、御殿場の厨房を見直し、近隣の生産者とも交流を続けている。その合間に今後のビジネスの話も進めているというから、この人はどれだけのビジョンを持っているのかと驚いてしまう。

 

 

「スタッフには、我々がチームであること、懐石ではなく肩肘張らない割烹のような存在を目指すということ、多少失敗したり雑なところがあったりしてもそれを怖がらず都会にはない大地のレストランを心がけようと伝えています。店名にKEIと入るので、星の存在やフレンチとしてのクオリティーが注目されるのですが、星はパリの店がいただいている3つで十分です。店や星を増やしたいわけではなく、コンセプトが違えばスタイルも異なる、そんなやり方で、新たな食の世界を築いていきたいと思っています」(小林シェフ)




焼津の鮮魚店「サスエ前田魚店」の前田尚毅氏を囲んで。 焼津の鮮魚店「サスエ前田魚店」の前田尚毅氏を囲んで。

静岡の食材生産者とも濃い交流を続けている。その土地で最高のものを使うことは、「Maison KEI」と「とらや」、共にルールだからだ。焼津の鮮魚店「サスエ前田魚店」の前田尚毅氏を囲んで。




100年先に誇れる仕事を続けることこそ、
食のサステナビリティを実現する手段

 

 

今回、久々に小林シェフ帰国に伴う席だったのだが、パリからはパティシエの高塚俊也をはじめ、何名ものスタッフを引き連れての凱旋となった。サービスを受けていて気づいたが、誰がパリで誰が御殿場のスタッフか、見当がつかない。要するに、全員が小林の指揮のもと、とても楽しそうにチーム全体がきびきびと働く様子が印象に残った。聞けば、小林は御殿場のスタッフを採用する際も必ずオンライン面接に加わっており、それもかなり長時間をかけて互いに話をするのだという。

 

 

この話を聞いた時、まさに「とらや」と共通すると思った。室町時代後期から続く老舗だが、創業家の人間で経営に関わるのは一世代につき1人という不文律があり、黒川光晴社長が代を継いだ他に、退任した会長である父親以外、親類縁者は同社に在籍しない。その分、「とらや」の理念を社員全員で継承すべきとし、菓子に使用する素材の品質と人材の育成には、生真面目で清らかなフィロソフィーを抱く。目先の利益ももちろん企業としては大事だが、それよりも大切にしているのが「100年先に誇れる仕事をすること」だと、これまでに多くの「とらや」社員が耳にするのを聞いた。

 

 




スペシャリテのデセール「ヴァシュラン」。 スペシャリテのデセール「ヴァシュラン」。

スペシャリテのデセール「ヴァシュラン」。季節の食材を用いるため、季節によって色合いや味わいも変わる。ゲストの目の前で餡のソースをかけて完成させる。




「Maison KEI」は、まだ2回目の秋を迎えようという新しいレストランだ。しかし、「ニューオープンの店」と呼ぶにはあまりにも、かけられた時間や思いは深い。そこには、「とらや」が大切にし続けてきた美徳と、小林圭が料理人として守り続ける矜持が共に宿っている。

 

 

この2年半、私たちは、レストランに自由に行けないという過去に体験したことのない時間を過ごした。結果として、家で料理を楽しんだり大切な人と静かにワインを飲むのも、意外に良いものだと気づけた。しかしその一方で、久しぶりに訪れるレストランに震えるような感動を覚えている人も多いのではないだろうか。非日常の空間、プロフェッショナルな技が駆使された美しい料理、きめ細やかなサービスの数々。そして何よりも、それらを共に誰かと共有できる時間の尊さ。

 

 

「Maison KEI」が放つメッセージは、温かで美味、そして饒舌だ。実りの秋、久しぶりにレストランの感動を味わいたいと考えているのであれば、御殿場を目指すことをおすすめする。この地に新たに生まれたキュイジーヌ・テロワールは、きっと多くのことを気づかせてくれるはずだ。

 




メゾンケイ メゾンケイ



Maison KEI(メゾンケイ)

静岡県御殿場市東山527-1
0550-81-2231
ランチ11:30〜 ディナー17:30〜
火曜・水曜定休
ランチ(¥4,800、¥9,000、¥12,000) ディナー(¥5,500、¥9,000、¥12,000)
別途飲み物、サービス料

Text by Mayuko Yamaguchi

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