アル・ケッチァーノ 奥田政行シェフアル・ケッチァーノ 奥田政行シェフ

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アル・ケッチァーノ 奥田政行シェフ 食で切り開く未来(後編)

2022.8.12

日本の、そして山形の未来はここから始まる。奥田政行シェフが語る、アル・ケッチァーノの向かう先

都会から遠く、たとえアクセスが悪くても、国内外から訪れる人が途切れない。地産地消をベースに数年前から注目されているのが、そんな地方のレストランだ。その先駆けと言えるのが山形県鶴岡市の「アル・ケッチァーノ」が、この夏移転オープンした。新たなスタートを切ったオーナーシェフ奥田政行氏に新店にかける思いを聞いた。



地方レストランの先駆けが新たなステージへ

独立以来22年、歴史を重ねてきた店舗をクローズし、今年7月7日に新店舗のオープンを迎えた。

 

2,000坪の敷地には、季節ごとの野菜や天然の山菜、新鮮な魚介など庄内地方の食材を使用したコースが楽しめるレストラン「アル・ケッチァーノ」のほか、新たにシェフズテーブルを備えた「アル・ケッチァーノ・アカデミー」をオープン。ここでは奥田氏がわずか10席ために鶴岡イタリアンの真髄を提供する。

 

またアカデミーの名があらわす通り、ラボラトリーキッチンを併設し地元食材を使った料理教室も開催。アル・ケッチァーノの味の秘密を一般の方にも伝授するほか、世界に通用する料理人を育てる若手向けのシェフ塾も開催する予定だ。



旧アルケッチャーノ 旧アルケッチャーノ

22年間の長きに渡り過ごした、旧アル・ケッチァーノ



新アル・ケッチァーノ 新アル・ケッチァーノ

オープン時には常連客が詰めかけ、開店を大いに祝ってくれた。

奥田氏が生まれ育ち、アル・ケッチァーノがある鶴岡市は、だだちゃ豆や温海かぶなど江戸時代から受け継がれた60種もの在来野菜のほか数々の現代野菜が栽培され、さらに海も近いことから季節によって138種類もの魚が手に入る、豊穣な土地。2014年にはユネスコ食文化創造都市の認定を受け、ガストロノミックシティ(美食都市)を目指している。

 

 

「近年課題とされている食料自給率ですが、日本全体では37%程度なのに対し、山形県単体の自給率は130%。アル・ケッチァーノを全国に知らしめてくれたのは、この地域にそれだけ豊富な食材があってこそ。国内外様々な所からお客様に来ていただき、この地域への恩返しの場にしたいと思っています」





美食の追求の先にある地方創生と後進育成

 

その言葉通り、新店では美食の追求のみならず、地域経済と密接に連携し、美食都市鶴岡市の地方創生のための様々な取り組みにも力を注ぐ。その一つがフードツーリズムだ。

 

「コロナ禍によって打撃を受けた観光業を支援するために、大型バスも駐車できる駐車場も完備し、例えば料理教室つきのツアーなど旅行会社との企画もいろいろと考えています」

 

とはいえ観光と聞くと、拒否反応を示すシェフもいるかもしれない。万人にわかってもらえなくても構わないという考え方もあるだろう。

 

「確かに自分の料理にこだわれば、わかってもらえる人だけに食べていただきたいと思うこともあるでしょう。でも僕にとっていろんな方にわかってもらえないというのは、完璧に僕の負け。この味をお客様にちゃんと伝えられない自分が悪いんです」

 

前編で紹介した著書「ゆで論」の中でも、店を訪れたゲストの表情や年代で好みの味をどうやって推測し、味へと落とし込むかまでを具体的に説明している。その根底にあるのは、一方通行の食の提供ではなく、共感を得る一皿によってゲストを楽しませ、この地の食材のすばらしさを伝えたいという思いからなのだ。

 

 

 



著書「パスタの新しいゆで方 ゆで論」 著書「パスタの新しいゆで方 ゆで論」

レシピだけではなく、奥田氏の料理哲学が詰め込まれた著書「パスタの新しいゆで方 ゆで論」。「グルマン世界料理本大賞2022」のグランプリを受賞。

 



その著書で実践しているように、レシピをはじめ、料理人としての技術や生き方に至るまで、自分の料理哲学すべてをオープンに伝えていきたいと言う奥田氏。

 

「自分のものだけにしようとするから、人は暴きたくなる。また評論家の評価を気にしすぎると、自分と同じことをスタッフに求めすぎたり、あるいは下の人に料理をさせなくなってしまう。自分だけの夢につきあわせても、まわりの人は成長しないし、そもそもついてきたいとは思わないですよね。それでは働いている意味がない。スタッフはもちろん生産者の方たちも、誰も犠牲にせずお互いに育み合いながら、関わった人すべてを幸せにする。ここでは全国から集まる若者を育て、巣立った彼らが今度は日本に散らばり自分たちの志を達成していく。料理界の松下村塾みたいな(笑)アル・ケッチァーノはそんな場所にもしていきたいんです」



未来へ繋ぐアル・ケッチァーノの挑戦

 

その他にも、野菜や肉など生産者が持ち込んだ一次産品を、店内の加工室でシェフたちが加工。奥田氏がプロデュースする全国の店舗で使用および販売する取り組みも実施。農畜産物生産(1次産業)に、製造加工(2次産業)とサービス業・販売(3次産業)を掛け合わせた“6次産業化”を行うことで、地元の1次産業に新たな付加価値を創出し、生産者の経済的生活維持を支援する。さらに今後はオーベルジュを作る計画も。

 

「すでにスペースは用意しています。今後未完成な形でも地元の産業を応援しながら、みんなで一緒に作っていきたいと思っています」



新しい店舗はひときわ大きな窓を設け、望めるのは庄内平野を見守る雄大な月山と、美しい緑の田園風景だ。テーブルに着き目の前に運ばれるひと皿ひと皿を味わえば、この地の恵みをいただいていることをきっと実感するだろう。

 

「アル・ケッチァーノ」とは“(ここに全部)あるからね”という庄内弁の言葉。本来はわざわざ遠くから取り寄せなくても、最高においしい食材がここにあるという意味で名づけたそうだが、もはやそれは豊富な食材だけではない。

 

レストランのあるべき姿、料理人としての生き方、そして地元の未来、奥田氏が追求するすべてがある場所、それがこの新生「アル・ケッチァーノ」なのだ。

 

 



Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Natsuko Okada(Studio Mug)

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