岩本蓮加(乃木坂46)岩本蓮加(乃木坂46)

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映画「世の中にたえて桜のなかりせば」三宅伸行監督インタビュー

2022.4.20

ヒロインの成長と人生の美しい円環 三宅伸行監督が語る映画「世の中にたえて桜のなかりせば」

岩本蓮加(乃木坂46)



現在公開中の映画「世の中にたえて桜のなかりせば」。終活アドバイザーのアルバイトをしている老人・敬三と不登校の女子高生・咲を縦軸に、様々な人々が交錯するドラマである。戦後日本の映画界の大スター宝田明がプロデューサーも兼任し、乃木坂46で活躍する岩本蓮加とのW主演でも注目を集めている作品だ。この度、本作の監督・三宅伸行をインタビューする機会を得、作品が成立していく過程などのエピソードや、この作品へ込めた思いなどを聞いた。

 

 

 



プロデューサーで主演
宝田明の思いを形にしていく過程に見つけた反戦メッセージ

 

「世の中にたえて桜のなかりせば」。在原業平が読んだ和歌の上の句をタイトルにもつこの作品は、宝田明の思いが詰まっているという。三宅伸行のもとにこの企画が持ち込まれた当初から、宝田の中ではこのタイトルとともに“桜”へのこだわりがあったが、最終的なプロットとなるまでには、再考を重ねる必要があった。

 

「脚本家とともに何度も宝田さんの事務所に通い、脚本に落とし込んでいくために宝田さんとセッションを重ねていきました。初期の段階で宝田さんが考えていたプロットは、現在とはまるで違うものだったこともあり、何度も形を変えていったという経緯があります」。

 

プロデューサーでもある宝田の中では老人と少女、映画冒頭で読まれる茨木のりこの詩「さくら」と、タイトルにもなっている在原業平の和歌という4つのモチーフへのこだわりがあったこと、また当初は世代間の対立などを見せたいという意図があったようだったが、どちらもピンとこない。提案を重ねても、宝田の構想との乖離は広がるばかりだった時期もあった。

 

そんなとき三宅は、宝田の自著『送別歌』などを読んでみてはというアドバイスをもらった。そこに描かれていたのは宝田の幼少期。過酷な満州での体験だった。ロシア兵に腹部を撃たれ、麻酔なしで摘出手術を受けた話、家族と命からがら日本へ引き上げてきたこと、戦後の日本での苦しい生活ぶりなど、三宅が映画を通じて知っていた華やかな宝田からは想像しえない、壮絶な戦争体験がそこには描かれていた。

 

この企画の、宝田の根底にあるのは、反戦という思いであること。そこに着目しながら再考していった。そして突然脚本家から “終活アドバイザー”、“不登校”などのアイデアが出てきた。それらが点となり、線で結ばれ、プロットを形成していったとき、宝田は笑顔とともに三宅に握手を求めた。「何度も企画を練り直して、やっと宝田さんの思いを昇華できたとわかりホッとしました」。制作はここから本格的に動き出していった。



宝田明と岩本蓮加 宝田明と岩本蓮加

アルバイトのユニフォームを着た、敬三(宝田明)と咲(岩本蓮加)。ユニフォームのデザインに三宅監督はこだわったという。終活アドバイザーのバイトをしている不登校の女子高生・咲(岩本蓮加〈乃木坂46〉)は、一緒に働く老紳士・敬三(宝田明)と共に、様々な境遇の人々の「終活」の手助けをしていくというストーリー。

 


岩本蓮加が女優へと移ろう瞬間に

 

乃木坂46で活躍する岩本蓮加とは、三宅も初対面。どんな人物なのか、どれくらいの演技の技量があるのか。手探りの中、リハーサルを行ったという。いざ撮影が始まり、決められた短い日数の中でスケジュールを組む際、三宅は逡巡する。「どの場面から撮影し始めるか、悩みました。助監督に相談してみたら、驚くような提案があったのです」。それは岩本演じる咲が、不登校のきっかけとなるシーンから撮影してみては、という提案だったのだ。

 

思い切ってその提案に乗ってみた。咲がもっとも感情をあらわにし、いじめの現場を前に慟哭するシーンから撮影を始めた。そして岩本は三宅たちの期待に応え、無事に演じることができたという。これが意外な効果をもたらす。咲というヒロインが不登校になる原因となるシーン、つまり現在のヒロインの置かれた現状の理由から演じることになり、その後の演技にスムースに入っていくことを可能にしたのだ。

 

「短い撮影期間の中で、岩本さんがどんどん変化していくのがわかりました。撮影中、どんなときでも岩本さんはヒロインである咲ちゃんで“いる”ことができ、揺るがない。撮影の最後の方では、内面がさらにどっしりと、重みのあるものとして存在していました。それは本当にすごいことです」。

 

大スターである宝田明に対しても物おじしない。宝田の話に耳を傾け、しっかりと受け答えし、さりげなく宝田をサポートまでする。映画の中の敬三さんと咲ちゃんそのままに、宝田とのやりとりは非常にナチュラルだった。試写会のあいさつでも、宝田は岩本の健闘を称えた。おどおどもせず、NGも出さなかった岩本に「大女優の片鱗が見えた」と。

 

残念ながら、本作のプロデューサーであり、W主演を務めた宝田明は、映画の公開日を待たずに2022年3月14日に急逝した。「亡くなる4日ほどまえに舞台挨拶でお会いしたときはお元気だったので残念でなりません」。亡くなったあと、お悔やみに訪れた三宅に、宝田の夫人やスタッフから温かい言葉をかけてもらったという。「私は企画の段階から、宝田さんと結構激しく意見交換していたので、ご家族や周囲のスタッフは内心ドキドキされていたようです。その心配をよそに宝田さんが本当に楽しそうだったと聞き、受け入れてくださっていたことをうれしく思いました」と三宅は語った。

 

 



宝田明のこだわった茨木のり子の詩「さくら」に始まり、太宰治「トカトントン」、そして在原業平の和歌をタイトルに持つことで、作品に文学の叙情性が加味されている。

 



商業作品第1作目となるチャレンジ

 

ここで三宅自身の来歴について紹介しよう。三宅が映像の仕事を志したのは少々遅く、30歳を過ぎたころのことだった。もともと映画が大好きだったが大学卒業後はサラリーマンとして過ごしていた。しかしいつも映画は三宅の生活と共にあったという。「どんなに遅い時間に帰宅しても、毎日映画を見ていました。それがリフレッシュする方法だったんです」。

 

ある晩、何度も見ているお気に入りの1本を見始めて気づく。作品中に映し出されるロケーションの数が3つしかないではないか。これなら自分でも映画を作ることができるのでは?と、週末にビデオカメラを購入し早速映画作りを開始したのだという。その後、映像制作を学ぶべく渡米。ニューヨーク市立大学院へ入学する。

 

在学中からTVドラマの撮影などに携わりつつ、2008年「Lost& Found」でオースティン映画祭グランプリ受賞。実績を積み上げ、本作品が商業映画監督作第1作目となった。

 

「これまでも作品を作ってきましたが、宝田明さんの思いの詰まった企画であること、商業作品であること、また、自分の慣れ親しんだスタッフではなく、制作プロダクションであるアルタミラピクチャーズのスタッフと組んでやることなど、あらゆる意味で自分にとってチャレンジとなった作品でした」。

 

この新しい環境での撮影は、始まってみればとてもよい化学反応をもたらしたという。「映画製作の現場では、監督がひとりでなんでも決めて行ってしまうような環境を想像するかもしれませんが、決してそうではないんです。特にアルタミラピクチャーズのスタッフは、誰もが作品について自由にアイディアや意見を出して、よいものならどんどん採用する。そういう風通しのよいチームなんです」。

 

先にあげた、岩本の撮影初日に、あえてもっとも難しいシーンから始めてみようというのもスタッフである助監督のアイディアだった。「結局、それがうまくいって、岩本さんの演技の軸というものを作るのを助けたわけです。他にも、スタッフのアイディアを取入れたシーンはいくつもあります。私にとっていい経験となりました」。

 

その風通しのよさは、作品から十分に伝わってくる。そして三宅の商業映画第1作目作品としてふさわしい、さわやかさをともなったものとなった。

 



心の痛みや喪失を黙って抱きしめる強さ
それぞれの時分の花を咲かせて

 

ヒロインの咲という女子高生と、司法書士として長く働き、今は咲とともに終活アドバイザーとしてアルバイトをしている老人敬三。2人はなんとなく、それぞれの心の痛みや喪失を察している。年齢の開きは曾祖父と孫くらい違う2人が同じで職場で働き、世代間の対立はここにはなく、お互いの痛みを想い、そこに触れることはしない。触れないのは無関心からではなく、相手を想う気持ちからだ。

 

敬三の戦争体験は、こぶしを振り上げて大声で語り、今の若いものは、と締めくくるようなものではない。不登校になってしまう現代の女子高生の生きづらさも理解し、自分の体験した戦争と比較してどちらが悲惨かは論じない。登場人物は、誰もが黙ってその痛みを抱きしめて、それでも普通に生きることを止めない。やさしくて、そして強い。だから美しく、さわやかだ。

 

「ヒロインの成長物語でありたいと考えていました。どんな時も上を向いて生きて行くことも伝えたかった。この映画は岩本蓮加というアイドルがヒロインですが、アイドル映画ではないものを作ろうと思っていました。なので、ある批評家から『アイドル映画ではないですね』という言葉をかけてもらったことが一番うれしかったです」と三宅は語った。

 

人にはそれぞれ、時分の花があるという。ヒロインの岩本には10代の若さの輝きでしか演じられない時分の花が、そして昭和の映画界を駆け抜けた老齢の宝田だから見せることができた円熟の懐深さという時分の花が、見事にここに結実している。世代を超えた2人が不思議に呼応し、まるで命が円環していくような瞬間を、直接確かめてみてほしい。

 

 

(敬称略)

 


◆映画「世の中にたえて桜のなかりせば」

「乃木坂46」の岩本蓮加と名優・宝田明が主演を務め、桜の季節と終活をテーマに描いたヒューマンドラマ。終活アドバイザーのアルバイトをしている不登校の女子高生・吉岡咲。一緒に働く老紳士・柴田敬三とともに、様々な境遇に置かれた人たちに寄り添いながら彼らの終活を手伝う日々を過ごしていた。一方、咲の担任だった南雲は生徒からのイジメが原因で教師を辞め、自暴自棄になっていた。咲はひきこもり生活を送る南雲の様子を見に、たびたび彼女の自宅を訪れる一方で、イジメの張本人である女子生徒に自分の気持ちをぶつける。自身も不登校で行き場を求めている咲に、敬三は病気の妻とかつて一緒に見た桜の下での思い出を語る。敬三夫婦を励ますため桜の木を探しに出かけた咲は、ある真実にたどり着く。監督は、2017年の短編作品「サイレン」が国内外の映画祭で注目を集めた三宅伸行。2022年製作/80分/G/日本 配給:東映ビデオ

 


三宅伸行 Nobuyuki Miyake

同志社大学を卒業後、広告代理店に約4年間勤務。その後、映画監督を志し渡米。ニューヨーク市立大学院にて映画制作を学ぶ。短編作品で数多くの映画祭で受賞した後、長編作品『Lost & Found』を監督し、2008オースティン映画祭にてグランプリに輝いた。2011年、文化庁若手育成プロジェクトに選出され「RAFT」を制作。2017年に監督した短編作品「サイレン」は、国内外の映画祭で賞に輝いた。2022年、監督作「世の中にたえて桜のなかりせば」が公開。

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