右から「Ode」生井祐介シェフ、「Sezanne」ダニエル・カルヴァートシェフ、「été」庄司夏子シェフ、「La Cime」高田裕介シェフ、「Cenci」坂本健シェフ、「傳」料理長の長谷川在佑、「Florilége」川手寛康シェフ、「La Maison de la Nature Goh」福山剛シェフ、「Vila Aida」小林寛司シェフ。右から「Ode」生井祐介シェフ、「Sezanne」ダニエル・カルヴァートシェフ、「été」庄司夏子シェフ、「La Cime」高田裕介シェフ、「Cenci」坂本健シェフ、「傳」料理長の長谷川在佑、「Florilége」川手寛康シェフ、「La Maison de la Nature Goh」福山剛シェフ、「Vila Aida」小林寛司シェフ。

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2022アジアのベストレストラン50 結果速報

2022.3.30

「傳」が1位!「アジア ベストレストラン50」 中村孝則が語る日本躍進の先にあるもの

右から「Ode」生井祐介シェフ、「Sezanne」ダニエル・カルヴァートシェフ、「été」庄司夏子シェフ、「La Cime」高田裕介シェフ、「Cenci」坂本健シェフ、「傳」料理長の長谷川在佑、「Florilége」川手寛康シェフ、「La Maison de la Nature Goh」福山剛シェフ、「Villa Aida」小林寛司シェフ。
会場は「パレスホテル東京」。今回はこの他にも力強いローカルスポンサーが集った。MAZDA、和光、三越伊勢丹ニッコウトラベル、そして「獺祭」で知られる旭酒造も。

日本ガストロノミーの進化、そして大躍進。
世界に「ただいま」と言おうじゃないか

 

米国アカデミー賞の授賞式が行われたその翌日、「食のアカデミー賞」と称されるコンペティションの発表授賞式が開催された。舞台となったのは、バンコク、マカオ、そして東京の3都市。毎年アジアの一都市で開催されていたのだが、今回は世界状況を鑑み異例のスタイルをとった。2013年から始まった「アジアのベストレストラン50」。今年は10回目となるメモリアルイヤーだったが、コロナ禍に苦しめられた過去2年よりは多少事態が好転したこともあり、複数都市開催ではあるが、久方ぶりに大規模な会場で催されたのであった。

 

 

受賞者であることを示す赤いストールを身につけたスターシェフたち、華やかに着飾ったフーディーや食のジャーナリストたちが興奮した面持ちでグラスを片手に語り合う様も、閉ざされた2年を経た今では新鮮で、妙に感慨を覚えてしまう。が、この日最も来場者の心が揺さぶられたのは、映えあるアジアの人気レストラン50軒が読み上げられた時だった。日本勢が、大躍進。ここ数年の「アジアのベストレストラン50」では日本勢のトップを走り続けてきた「傳」に至っては、悲願のアジアナンバーワンを獲得した。2013年の第1回開催時に「NARISAWA」が獲得して以来、ずっと遠のいていた10年越しの1位だった。



食のコンペティションに宿る個性を知れば
レストラン選びはもっとエキサイティングに

ここで簡単に「アジアのベストレストラン50」について説明しよう。冒頭「食のアカデミー賞」という言葉を用いたが、これは言い得て妙であると思う。食の世界のコンペティションには、世界的なものだとミシュラン、ゴエミヨ、OAD、ザガット・サーベイなどがあり、これに食べログなどの国内評価サイトなども加わると、文字通り百花繚乱。それぞれに特徴がありスタイルも違うので、どれが最も平等とか最も確実などというのは、そもそもないと考える方が妥当だ。そんな中で、ミシュランと双璧をなす存在とまで言われるようになったのが2002年に英国で始まった「世界のベストレストラン50」であり、2013年にそのリージョナル版としてアジアがスタートしたのを皮切りに、現在では南アメリカ、中東&北アフリカでも行われている。



ミシュランと双璧を……と言われるのは、店の評価システムが双方真逆だからというのが理由としては大きい。例えば「ミシュラン」では、ミシュラン社が社員を覆面評価員としてさまざまな飲食店に派遣して評価するのに対し、「ベストレストラン50」は、各エリアの評議委員長から任命されたシェフやジャーナリスト、フーディーといった食通たちが、対価を得ることなく好きに活動し投票する。平たく言えば「自腹食い」なのだが、それを喜んで引き受けたい「ボーター」と呼ばれる評議員たちが後を絶たないというのは(自らの身分を明かすことも許されないのに)、ひとえにガストロノミー界に傾ける愛情があるから。国内のみならず、海外遠征までして話題のレストランに足を運び、料理を取り巻く世界観までを堪能しようとするボーターたち。味やサービスをチェックするのではなく、シェフやスタッフたちが織りなすその国、その地方、その店ならではの空気を味わい、何が発信されているのかを感じ取ることこそが至福であり、減点方式ではなく自らの「like!」に票を投じるそのスタイルは、確かにアカデミー賞と重なる。受賞したシェフたちが、壇上やその後のSNSで、感動や思想を表現するのも、やはり似ている。



大きく変わる結果は見えていた。
今日のリストに、我々は自信を持つべき

 

今回の話に戻る。長年「世界のベストレストラン50」で日本評議委員長(チェアマン)を務める中村孝則は、発表のちょうど1週間前に興味深い言葉を発している。「おそらく、今回は順位の変動があるのではないかと思います。また、ニューエントリーの店も期待できるのではないかと。日本だけではなくアジア全体の動きとして、です」。

 

中村は日本の評議委員長であり、日本地区にいる53名の評議員を任命する権限を持つ。が、評議委員長であっても発表の瞬間まで順位を知らされることはない。英国本部および各国の運営事務局のみしか知らない情報であることをお伝えしておく。しかし、中村はこう語っていたのだ。



「本来の投票のルールは、評議員は10票を持ち、うち最大6票までは自国に入れてもOKというものでした。今回はコロナ禍で海外渡航が厳しいという世界的な共通事情があったので、持ち票は8票かつ、自国には最大6票入れて他国分は棄権して良いというイレギュラールールに。これにより海外の店への投票は必然的に例年より減り、結果、他国も含めて評議員たちはみな、自分が居住するエリアの店を見直し、投票したと思われます。政府をあげて他国の食のジャーナリストを招待するプロモーションを打っていた国も、ここ2年間、それは叶わなかったはず。インバウンド頼りだった店には痛手だったかもしれませんが、人気と実力がありリピート客の多いレストランにとっては、今年はチャンスだと考えています」

 

 

過去最高 11軒のレストランがイン
うち4軒がニューエントリー

 

 

果たして、結果は中村の予想に近いものとなった。詳細は下記に伝えるが、ここでは注目すべきポイントを列挙しよう。



2022年アジアベストレストラン50 50~1位 2022年アジアベストレストラン50 50~1位

2022年「アジアのベストレストラン50」50~1位までのランキング。



日本からは50以内に11軒のレストランが入った。うち4軒は去年まではいなかったニューエントリー組。11軒のうち8軒は上位20以内というのも驚異的だ。

 

しかしなんといっても圧巻だったのは、「傳」がアジア1位を奪還したこと。2013年の初回では「NARISAWA(ちなみに今回は15位)」がその座にあったが、10年をかけてようやく日本に取り戻した栄誉だ。3位の「フロリレージュ」、6位の「ラシーム」、11位の「茶禅華」、13位「Ode(ハイエストクライマー賞)」はすべて昨年より順位を上げ、昨年は香港「Belon」で25位の座についたシェフのダニエル・カルヴァートはその後東京に拠点を移し、今回自らが率いる新店「Sézanne」を一気に17位へとつけた。

 

昨年はランク外にいながらその活動が評価された3軒も、今回ランクイン。「ヴィラ・アイーダ(和歌山)」が昨年の64位から今回は14位に躍り出て「ハイエストニューエントリー賞」を受賞した。初登場で最も高い順位に輝いた店に贈られる賞だ。昨年83位の「été」は42位に、91位の「Cenci」は43位に入った。

 



壇上で喜びを語る「傳」料理長の長谷川在佑 壇上で喜びを語る「傳」料理長の長谷川在佑

壇上で喜びを語る「傳」料理長の長谷川在佑。2016年に初のランクインを果たし、翌年は「世界のベストレストラン50」で「one to watch賞」、アジアと世界の両方で「Art of Hospitality賞」など、あらゆる部門賞を獲得してきた“日本の顔”が、ようやく最後の忘れ物を手に収めた。



新しいパワーを歓迎することで
レストランの未来はもっと広がる

 

輝かしい結果に気を取られてしまうが、ナンバーワンの栄誉に輝いた「傳」の長谷川在佑のスピーチにはもっと大きな本質が表れていた。涙を流した後の照れ臭さを漂わせながらも、長谷川はまず、自分の喜びではなく料理業界のことを語り始めた。

 

「この瞬間、やはりチームのみんなの顔を思い出しました。コロナ禍に入ってから、いえ、ずっとそれ以前から、毎日いろんな難題にぶつかりながらも繰り返し話し合ってきた仲間たちです。これは傳だけではなく、他の店のシェフたちもきっと同じような気持ちだと思います。大変な時代を生きていることはわかっているんですが、僕たちシェフは、集まるとやっぱりレストランの未来の話ばかりで。ニューエントリーの店が4軒もランクインというのも、日本の飲食業界にとっては最高にうれしいことです。こういう流れが、ひいては今後、世界のお客様に日本を訪れていただくことにつながるのではないかと、僕をはじめレストランで働く人たちはみんな思っているはずです」

 

新たにランクインした3名のシェフたちも、壇上でそれぞれの思いを語ってくれた。一際目立つタイトなドレス姿の庄司夏子シェフ。この人の活躍ぶりは今回、世界でも例を見ないものだった。というのも、庄司は一昨年「アジアのベストパティシエ賞」を受賞しており、それに続いて今回「アジアの女性シェフ賞」も受賞。パティシエとシェフの両方で賞を取ったというのは、中村の記憶の限りでは存在しないはずという。さらに50以内にランクインというトリプル受賞で、もはや内外のメディアからも熱い注目を集める存在だ。

 

 



エテ 庄司シェフ エテ 庄司シェフ

「été」庄司シェフ



「昔から夢という言葉が好きではなくて。なぜなら、私の場合は夢ではなくすべて目標だったからです。けれど、受賞を知った瞬間には思わず叫びました。……女性シェフ賞は、獲りたい賞でした。étéは、お迎えできるお客様の数も限られる小さな店。女性スタッフだけで頑張っています。先進国の中でも女性の地位向上で遅れをとる日本ですが、私のような存在がいると分かれば、この世界を志す若い女性も増えるのではないかと信じています。それが、今の私の存在意義だと思うんです」



ヴィラアイーダ 小林シェフ ヴィラアイーダ 小林シェフ

「ヴィラ・アイーダ」小林シェフ



ローカル発信のガストロノミーが
今後は世界の常識になっていく

 

続く「Cenci」坂本シェフと「ヴィラ・アイーダ」小林シェフには共通点がある。坂本は京都で、小林は和歌山で店を営んでいるのだ。東京勢が圧倒的に多かった常連組だが、「ラ・メゾン・ドゥ・ラ ナチュールゴウ(福岡)」、「ラシーム(大阪)」に続き、ローカルから個性あるレストランが2軒、ランクインした。共に昨年の結果から50位近く上げたというのも不思議なシンクロに思える。和歌山県岩出市で実家の畑にレストランを建て、今年で24年を迎えるという小林は、キャリアあるシェフの立場でありながら新鮮味にあふれる話をしてくれた。

 

「農業をやりながら料理を作っています。レストランが私の家で、本当に住んでいるんです。サステナブルについて聞かれることが最近増えましたが、私自身、実はあまり意識していません。逆に、以前は何でもかんでも自分の手でやってみようと試みた結果、地元の生産者の方々との交流が途絶え、これはダメだと敢えて止める選択をしたり……。悩んでばかりの24年だったんです。これでいいのか、もうやめようかと思ったことも数知れません。ここにいる仲間たちが引き止めてくれたんですが」。ここで再び涙があふれそうになった小林だが、今や「ヴィラ・アイーダ」は最も予約困難な店の一つ。ローカルの店が不利というわけではないことは、彼が証明している。


「Cenci」坂本シェフ 「Cenci」坂本シェフ

「Cenci」坂本シェフ



そして坂本は、「アジアのベストレストラン50」の根幹にあるものを指摘する。

 

「昔から注目していたのですが、どちらかといえばクローズドな世界の食通たちに愛されるコンペティションというイメージもありました。ですが、こうやってたくさんの人気店がランクインするようになってきて、対象者がフーディーから一般的な“美味しいものが好きな人”に広がることが、とてもいい動きではないかと思うんです。シェフにではなく店に与えられる賞というのも、好きな部分です。飲食店に対し、どのような形で何を社会に貢献できるか、人々に幸せな気持ちを届けられるかを真剣に考えさせる、そんな存在こそ『ベストレストラン50』であってほしいと思います」

 



中村孝則 中村孝則

「アジアのベストレストラン50」の日本評議員長を務める中村孝則。長く食の世界を眺め続ける中村にとってこの2年間、飲食業界に強いられた試練は自身にとっても痛いものだったと語る。



日本が誇るガストロノミーを
世界のものに変えていく

 

日本勢の成果を目の当たりにして、中村は喜びを隠そうとはしない。なぜなら、この結果こそ「アジアのベストレストラン50」を裏で支え続けたスタッフたちやガストロノミーファンたちが信じていたリストであり、自信を復活させてくれるものだからだ。しかし今回、他国も相応に目覚ましい動きを見せている。

 

 

「46位の『Raan Jay Fai(バンコク)』は、激辛の炒め物をするために防御マスクを被るスタイルで人気の女性シェフによる屋台料理レストランです。Icon賞に輝いたのは韓国の尼僧、Jeong Kwanさん。精進料理の達人で、料理の哲学を説くような方です。さらに、『One to Watch賞』を受賞したマレーシアの『イートアンドクック』の2人のシェフは、コロナ禍の不況で失業した後にプロジェクトとして郷土料理のレストランを作ったのが評価されるという、まさに今ならではの話。元々このコンペティションはそういった側面がありましたが、今年ほど多様性という言葉を感じさせるランキングもなかったのではないでしょうか」と中村は振り返る。

 

 

多様性、挑戦し続ける姿勢、そして社会に対しての問いかけをやめないこと。自らの優位性を表現するのがこれまでのレストランだったはずなのだが、今回の「アジアのベストレストラン50」を見る限り、結局は食を通じて世を変えていくことこそ、関わる人すべての願いなのだと痛いほど伝わってくる。不安定な世界状況は相変わらずで、次から次へと新たな悲劇が起こる。しかし、食という素晴らしい手段によってそれらを解決しようと試みる人たちがこんなにもいるのだということを、今回、気付かされたように思う。

 

 

(敬称略)



中村孝則 Takanori Nakamura

「世界ベストレストラン50」日本評議委員長(チェアマン)/コラムニスト
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年にフランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。2013年より『世界ベストレストラン50』の日本評議委員長を務めている。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。著書に『THE CIGAR LIFE ザ・シガーライフ』広見護・中村孝則 共著( オータパブリケイションズ)、『名店レシピの巡礼修業~作ってわかった、あの味のヒミツ』(世界文化社)など。

Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by © The World's 50 Best Restaurants


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