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なら国際映画祭が投げかける視点(前編)

2021.11.13

河瀨直美が語る 若者を育て、奈良を変えていく映画の力



2010年から催されている「なら国際映画祭」。奇数年にはプレイベントとして若手の映画監督を招聘し、奈良を舞台にした映画制作や完成した映画上映会、ユース世代のワークショップを開催し、偶数年は本祭として奇数年に制作した監督の作品上映やレッドカーペットなどのイベントが行われてきた。奇数年にあたる今年は、名称をこれまでの「なら国際映画祭プレイベント」から「なら国際映画祭for Youth 2021」と変えて9月18日〜20日に催された。

 

 

今年で11年目を迎えた「なら国際映画祭」でエグゼクティブ・ディレクターを務めるのは、奈良県出身で国際的に活躍する映画作家、河瀨直美。なら国際映画祭のこれまでとこれから、国際映画祭を奈良で開催する意義、そして今の映画界に求められていることなどを語ってくれた。



オープニングセレモニー「“祈”のレッドカーペット」と琉球舞踊

 

「なら国際映画祭for Youth 2021」では、オープニングセレモニーとして初めて、世界遺産・春日大社で「“祈”のレッドカーペット」を実施した。それは、ユースプロジェクト参加者とスタッフ合わせて60名ほどが、二之鳥居から御本殿まで上がる参道に敷かれたレッドカーペットの上を厳かに登り、参拝するというものである。その後「林檎の庭」で、琉球舞踊家 宮城茂雄による奉納演舞も披露された。

 

「満月が浮かび、しだいに西に傾いていく中で、厳かに鳥居から本殿までの「神の道」に敷かれたレッドカーペットを歩いて祈りを捧げました。人工的な照明は使用せず、篝火と月の光だけに照らされた舞台で、宮城茂雄さんが「諸屯(しゅどぅん)」を舞われたのです。参加者もYouTubeで見てくださった方たちも、皆感動したとおっしゃってくれました」





オープニングセレモニーを行った9月18日前後には、関西に台風が上陸すると予報があった。関係者は屋外での「“祈”のレッドカーペット」と琉球舞踊は開催ができないのではないかと気を揉んでいたという。

 

「私は、絶対に大丈夫、と落ち着いていました。奈良の神様がついてはる、と信じていましたから」と、河瀨は言い切った。



「奉納演舞」を舞うのは琉球舞踊家 宮城茂雄。「会いたい人に会えない気持ち」を切々と訴える歌に合わせた女踊り「諸屯(しゅどぅん)」を舞った。「今のざわざわとした時代を鎮めてほしいという願いをこめてこの演目をお願いしました」と河瀨は語る。なら国際映画祭 for Youth 2021「“祈”のレッドカーペット」と「奉納演舞」の様子は、YouTubeを通じて世界に発信された。



「なら国際映画祭 for Youth 2021」でユースシネマプロジェクトをいっそう強化する

 

これまで偶数年に行われる本祭の前年には「プレイベント」として国内外の若手映画監督を招聘し、奈良を舞台にした映画制作や、映画の魅力を伝える数々のプロジェクトを実施してきた。4年前からは毎年、次世代を担う若者たちに向けたワークショップ「ユースシネマプロジェクト」も開催。本年はこのプロジェクトをさらに強化して、これからの「なら国際映画祭」の主柱にしようと、名称を「なら国際映画祭for Youth 2021」と変えて発展させていくことを主眼としている。そのプログラムを紹介しよう。

 

「ユースシネマプロジェクト」は、「映画を創る」「観て審査する」「魅せて届ける」を目的とする3つのプログラムを、ユースが主体になって、プロのアドバイスを受けながら行うというプロジェクトである。



「なら国際映画祭for Youth2021」 「なら国際映画祭for Youth2021」

「なら国際映画祭for Youth 2021」に参加した皆さん。



「ユース映画制作ワークショップ」 「ユース映画制作ワークショップ」

「ユース映画制作ワークショップ」は、全国から募集した13〜18歳の中高生が主体となって皆で映画の構想から編集まで行うもの。



シネマインターン シネマインターン

15~18歳までが中心になり、一般観客に届ける配給・宣伝に挑戦する「ユースシネマインターン」オンラインでのミーティングの様子。



国際映画祭を奈良で開催する意義とは

 

そもそもなぜ奈良で国際映画祭を開催しようと考えたのだろう。

 

「それは私自身が国際映画祭で見出してもらったということがあります。1997年、私にとっては初めての劇場デビュー作品であり、初の35mm作品『萌の朱雀』で、私はカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞しました。27歳の受賞は史上最年少、初の女性監督、初のアジア人監督としての受賞でした。有名俳優が出演しているわけではない自主制作の映画を評価し、私を見出してくれたことで国際映画祭の力を知りました」。

 

その後、世界のあちこちで開催されている国際映画祭に参加する機会を得た。小さな町で開催される映画祭に参加すると、その町の住民がボランティアで参加者をアテンドし、食事や観光などの世話をしてくれる。その多くは若者たちだった。

 

「なぜボランティアをしているの?と聞くと、映画が好きだというのは当然として、皆が口を揃えて、この町が好きだから、というのです。それを聞いたとき、日本の地方都市の若者からは出てこない言葉ではないか、と思いました。日本の地方都市では、若者たちは「ここには何もない」と言われて育ち、「都会に出たい。世界にはばたきたい」と思い、町を出ていく。それを変えることはできないだろうか、と思ったのです」。

 

奈良は古都である。1300年の歴史があり、8つも世界遺産がある。

 

「お金では買えない宝物が詰まっている土地なのに、若者は「何もない」といって出ていってしまう。映画祭はこの地の文化を世界に発信できる機会であると同時に、この地で暮らしを営む人たちが、あらためて自分たちの地域の魅力や美を発見できる機会となるはずです」。

 

しかし2010年以降、奈良市は映画館が一つもない県庁所在地になってしまった。奈良に映画文化を絶やしてはならない。その強い思いで河瀨は「なら国際映画祭」を立ち上げたのだ。

 



「なら国際映画祭」は出会うはずがないものが出会う場所

 

国際映画祭の意義とは「出会うはずがないものが出会う場所」と、河瀨は言う。こんなエピソードとともに話してくれた。

 

「以前、映画祭でイスラエルの監督が撮った映画「アジャミ」を上映した後、映画を観た中年の女性がロビーで誰かに電話をしていたそうです。彼女が興奮した口調で「なんやえらいもん見てしもたわ」と言っているのを耳にして、「これだ!」と気づいたのです」。

 

それはイスラエルでのパレスチナとの内戦を扱った作品だ。奈良で長年暮らしているその女性は、イスラエルのことも内戦のことも、この映画を見なければ知ることはなかっただろう。

 

「映画祭でしか見られない映画があるのです。そしてその映画を通して、出会うはずがなかったものや人との出会いがあり、もしかするとそれが観た人のその後の人生に何らかの影響を与えるかもしれないのです」。

 

映画を観る機会がなければ、出会ったものの価値に気づかないかもしれない。そこで毎月1作品を週末シネマとして年に12回上映する「ならCinematheque(シネマテーク)」というプロジェクトも2013年から続けている。映画祭をハレの場とすると、シネマテークはケの場。映画を観る習慣をつけてもらうことで、映画と出会う力もつくだろうし、より豊かな実りをもたらしてくれるはずだ。





映画の力で地域のPRと産業振興をはかる

 

ハレとケを結ぶ場として、「NARAtive project ナラティブ・プロジェクト」がある。国際映画祭のコンペティション部門で受賞した国内外の監督を招き、奈良を舞台にした映画を創るというプロジェクトだ。7作目の「NARAtive2020」では、中国のポンフェイ監督による『再会の奈良』が今年の映画祭で特別上映された。「NARAtive」には奈良の魅力をグローバルに発信するだけでなく、奈良の人たちが映画制作に協力しながら、自分たちの暮らす土地の魅力を再発見する機会を与える。

 

また舞台としてこれまで選ばれた奈良市、橿原市、十津川村、五條市、東吉野村、天理市、御所市の村長/市長に私が加わって、NARAtive Network(ナラティブ・ネットワーク)を発足させた。

 

「映画を通して、地域のPRと産業の振興が望める。映画の持つ力は映画だけにとどまらない。もっと広がっていくと思っています」と語る河瀨の瞳は静かに輝いているように見える。

 

河瀨の言葉は「なら国際映画祭」の、また映画という文化の未来へと広がっていく。後編では奈良という土地に息づく精神性について、世界の国際映画祭に学ぶことから現在の映画界のあり方と映画の未来についての話をお届けしよう。

 

 

(敬称略)



河瀨直美 Naomi Kawase

生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける。カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。世界に表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて、2010年から「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を入れる。2018年から2019年にかけてパリ・ポンピドゥセンターにて、大々的な河瀨直美展が開催された。東京2020オリンピック公式映画監督に就任。2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー兼シニアアドバイザー、バスケットボール女子日本リーグの会長も務める。映画監督の他、CM演出、エッセイ執筆などジャンルにこだわらず表現活動を続け、プライベートでは野菜やお米を作る一児の母。

Text by Motoko Jitsukawa
Hair & Makeup Yoko Kizu
Photography by Ayumi Okubo (amana)

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