ルーシー・リー《ピンク象嵌碗》ルーシー・リー《ピンク象嵌碗》

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時代の美をまとう、茶の湯のうつわに出会う(後編)

2021.6.24

金沢・国立工芸館で邂逅する、アップデイトされる茶道具と茶会

ルーシー・リー《ピンク象嵌碗》(1975-79年頃) 東京国立近代美術館蔵 estate of the artist 撮影:エス・アンド・ティ フォト

 

 


工芸と「見立て」を楽しむ

 

茶道に精通していなくても、金沢・国立工芸館「近代工芸と茶の湯のうつわ-四季のしつらい-」展では、工芸や美術好きを喜ばせる作品も多く観られる。また、もとは異なる用途をもつ道具のなかに、あらたな要素や使い道を見出す「見立て」の道具類も興味深い。

 

とりわけウィーン出身で、ロンドンで活動した陶芸家、ルーシー・リーのうつわは茶の湯の文化の中で見いだされ、日本に渡ったものも少なくないという。今展でも茶碗を中心に9点の作品の展示がある。


エミール・ガレ《繖形花序文蓋物》 エミール・ガレ《繖形花序文蓋物》

茶器に見立てて楽しめるガラス容器。エミール・ガレ《繖形花序文蓋物》(1880年代)東京国立近代美術館蔵

国立工芸館の展示風景 国立工芸館の展示風景

茶室のしつらえの展示風景。軸は熊谷守一の一行書、螺鈿の食籠は黒田辰秋、黒の花器はハンス・コパーの陶芸作品。著名な画家や工芸作家の作品も多い。


茶の湯の場に独自の彩りを添えるルーシー・リーの花入れ。《白釉縞文花瓶》1976年頃 東京国立近代美術館蔵


多様なつながりを結び、現代の美を問う

 

より自由な現代の茶の湯を、という国立工芸館の唐澤館長の想いを受け、今展で茶室のしつらえのひとつを手がけたのが、名誉館長を務める中田英寿氏だ。

 

「茶の湯の深い経験もなく、はじめてのことでサッカーの試合よりも緊張しました」と語る。だが、「現代の美とは? 現代の工芸とは?」と問いかけるその茶室空間は斬新だ。

内田繁デザインによる「茶室 行庵」の中、「つながり」を意識して道具が組まれている。つながるのは、石川県と全国、近代と現代、日本と海外、工芸とアート。さらに近隣の金沢21世紀美術館で今年2月末まで展覧会が開催されていたベルギーの作家ミヒャエル・ボレマンスの墨による作品を掛け軸にし、金沢の地での横のつながりも実現している。

「茶室には座布団もあればいいし、写真も撮りたいと思う」と、ルールにとらわれず、志村ふくみの座布団とルーシー・リーのうつわが親しく並ぶ、若い世代にも訴えるくつろぎの茶の空間が出来上がっている。

 


国立工芸館開館名誉館長 中田英寿氏 国立工芸館開館名誉館長 中田英寿氏

(左)2006年にプロサッカー選手を引退後、日本の伝統文化や工芸の支援に精力的に取り組んできた中田英寿氏。昨年、金沢での国立工芸館開館と同時に名誉館長に就任した。(右)ミヒャエル・ボレマンスの軸《クチナシ》(2014年)を掛けた茶室。写真提供:国立工芸館

国立工芸館 展示 国立工芸館 展示

(左)茶室でのしつらえの展示風景。三輪栄造による輝きを放つ《金彩クルス水指》(1993年)が目を引く。 (右)茶碗はルーシー・リーの青釉鉢、水指は新里明士の《光器水指》2020


ものづくりの背景にある想い。そして茶会、茶事へ。

 

道具は作り手から使う人へと渡り、独服で、また茶会や茶事で用いられ、一期一会の経験と時間を演出するためのものだ。人が集い、語り、食べ(懐石料理、菓子)、飲む(濃茶、薄茶)という普遍的な生活の要素を高度に洗練させて様式化した茶会もまた、道具と同様、時代にそって自由に変わってゆく。


最後に、今展で作品展示のあるふたりの作家に、茶会への取り組み、ものづくりへの想いを聞いた。


――他者の美の感覚に触れる

 

今展で陶磁・白磁の水指、茶碗、香合などの展示がある陶芸家の新里明士氏。「これまで数回、自分で組みあげた茶席で茶事をしました。特に印象深いのは、2009年に地元の多治見の修道院で行った試みの茶事です。これは茶に対してどう向き合えば良いのかを考えながら、茶事を模索する試みでした。試みの茶事では、お茶の葉を摘むところから始め、その茶葉を抹茶にするところまで行いました。出来上がったお茶は決しておいしくなく、不思議な色をしていましたが、とても印象に残る味でした」。

 

「茶会はまだしも、茶事に行くことは今の時代、普通に暮らす人の日常には無縁なもの。ですが茶事自体は、席主の思いや美意識が感じられる、すなわち他者の美の感覚に触れられる絶好の機会。いろいろな場所と状況での茶事を自ら企てていきたいと考えています」。

 

「茶の湯の道具は、茶を点て、喫する動作によって見え方が大きく変わり、そのことが自分の制作に良い刺激になっています。茶の道具を制作する時、使い易い道具としてではなく、茶の動きや空間を意識した作品を作っていきたいと考えています」。その意思が、清澄ですがすがしい作品に映って、使う人に静かに語りかけているようだ。


新里明士氏 新里明士氏

(左)新里明士:1977年千葉県生まれ。早稲田大学在学中に焼き物に触れ、多治見市陶磁器意匠研究所に入所。現在は岐阜県土岐市に工房を構え制作。201112年、文化庁新進芸術家海外派遣制度で米国ボストンのハーバード大学セラミックプログラムにて制作するほかイタリアなど国内外で活躍。(右)新里氏の作品《光碗》2020年(クラウドファンディング)東京国立近代美術館蔵 撮影:大屋孝雄


――使う人への思いやりをかたちに

 

もうひとりは、ドイツ・ベルリンのアジア美術館に茶室をつくり、コンペで最優秀となるなど、国内外で活躍する金工作家の坂井直樹氏。

 

 

理想の茶事とは?

 

 

「現在、山形の大学で教鞭をとっていますが、自然豊かな山形にいると、自然が織りなす四季の移ろいの中でゆったりと茶事を楽しみたいと思います。蔵王の樹氷を見ながら、月山の頂上でなど、野点の茶事ですね。作家として印象的だったのは、駆け出しだった頃、展覧会で茶釜を購入して下さった方から自邸に招かれ、その茶釜を使用しての本格的な茶事でした。現代の茶事に望むのは、若い造り手の茶道具がどんどん使われること。それが日常的になればいいですね」。

 

「茶道具制作に関わらず、モノづくりには、さまざまな人との関わりがあってこそ成り立ちます。モノの価値は自分ひとりでは成立せず、人が関わることで芽生え、互いにモノを介して喜びを共有します。その関係性が大きな意味を成していると強く感じます。道具の制作では当然、使う人を思いやり、デザイン・素材・技・機能をあらゆる角度からみて、考えをめぐらします。未来のヒトのことを思い、モノを生み出す。常に相手を思いやる精神は、茶道でも同じことと。モノつくりひとつくり、そんなことを胸に秘めながら制作を続けています」。

それぞれの道具に作り手の真摯さ、独創と創意工夫が宿って、見る者、使う者を喜びの境地へと誘っている。

坂井直樹氏 坂井直樹氏

(左)坂井直樹:1973年群馬県生まれ。東京藝術大学大学院博士後期課程鍛金研究室修了、博士学位取得。2019年より東北芸術工科大学美術科工芸コース准教授を務めながら金沢を制作の拠点とし活動する。(右)坂井氏の作品《湯のこもるカタチ》2020年(クラウドファンディング)東京国立近代美術館蔵 撮影:大屋孝雄


「近代工芸と茶の湯のうつわ―四季のしつらい-」

国立工芸館 石川県金沢出羽町3-2
2021429~74日 930~1730
オンラインによる事前予約制(日時指定・定員制)

Text by Misuzu Yamagishi

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