日本からは12軒のレストランがエントリー。アジア全域でも最も多い軒数を誇る。厳戒態勢の中、受賞した日本勢のシェフたちだったが、それでも栄光を手にした晴れがましい表情が印象に残った。

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2020アジアのベストレストラン50 結果速報

2020.3.25

「世界ベストレストラン50」日本評議委員長(チェアマン)の中村孝則が2020年の動向を読み解く

日本からは12軒のレストランがエントリー。アジア全域でも最も多い軒数を誇る。厳戒態勢の中、受賞した日本勢のシェフたちだったが、それでも栄光を手にした晴れがましい表情が印象に残った。

シェフたちが国をかけて料理の表現力を競う
アジア最大の食のコンペティション

今年もこの季節が巡ってきた。「ミシュラン」「ゴエミヨ」「ヤングシェフ」「ボキューズドール」など、今や世界的な料理コンペティションは多々あるが、中でも、最も料理人による発信力や表現力、料理や店が打ち出すストーリー性などが評価されるコンペティションとして知られるのが「世界のベストレストラン50」だ。「サンペレグリノ」と「アクアパンナ」が国際スポンサーを務めており、その前哨戦とも言える「アジアのベストレストラン50」の授与式は、毎年この時期に開催されるのが恒例となっている。

 

このコンペティションの特徴といえば、レストラン業界の“最もリアルな今”を垣間見ることができるということ。「美食のアカデミー賞」や「ガストロノミー界のオスカー賞」などと称されることも多いが、シェフが店のスタッフとチーム一丸となって自分たちが理想とする食のスタイルを、あらゆる手法・技法を用いて美しいビジュアルに落とし込んで食べ手にアプローチする様は、「食の世界のファッションウィーク」に例えることも出来るだろう。毎年、授与式の会場にはアジア中からフードジャーナリストや食のインフルエンサー、著名なシェフたちが集まって賑やかに過ごすのが慣例だが、その様子はパリやニューヨークのファッションウィークに集う人々にも通じるものがある。

 

しかし、今回に限っていえば、いつもの華やかさとは打って変わって静かな1日となった。世界を巻き込んで深刻な状況となっている新型コロナウイルス感染症の影響で、オフィシャル開催は見合わせとなり、英国の「世界のベストレストラン50」委員会による「アジアのベストレストラン50」の結果発表が、アジア全域でのオンラインストリームによるバーチャル・イベントとして開催されることになったのだ。

 

本来なら大きな会場に1000人を下らない人々が集い、興奮と熱狂のうちに、その年に最も多くの票を集めた50軒のレストランが発表されていくのが“フィフティー”イベントのお決まりで、しかも今年はコンペティション始まって以来初となる日本開催、佐賀県でのセレモニーが予定されていた。終わる兆しの見えない新型コロナ肺炎を鑑み、佐賀県開催は直前になって取り止めとなり、結果発表をどのように行うかについては主催者や開催スタッフ、スポンサーたちの間でギリギリまで審議が繰り返された。その結果、オンラインストリームという前例のない方法での実施となったことを、結果考察の前にお伝えしておきたいと思う。

3年連続で「日本のベストレストラン」のタイトルを受賞した「傳」料理長、長谷川在佑。壇上では喜びの言葉より先に「今、世界中のシェフたちが置かれた状況が一刻も早く好転することを祈ります」と語った。 3年連続で「日本のベストレストラン」のタイトルを受賞した「傳」料理長、長谷川在佑。壇上では喜びの言葉より先に「今、世界中のシェフたちが置かれた状況が一刻も早く好転することを祈ります」と語った。

3年連続で「日本のベストレストラン」のタイトルを受賞した「傳」料理長、長谷川在佑。壇上では喜びの言葉より先に「今、世界中のシェフたちが置かれた状況が一刻も早く好転することを祈ります」と語った。

他国の追随を許さない成果を残した
日本のレストラン、12軒とは

「世界ベストレストラン50」日本評議委員長(チェアマン)を務める中村孝則は、「2020年の結果、特に日本のレストランの奮闘ぶりは目を見張るものでした。12軒もの店がランクインし、これはアジア全域の国々の中では最も多い受賞です」と語る。

シンガポールの「オデット(Odette)」が2年連続で首位を獲得し、昨年11位だった香港の「ザ・チェアマン(The Chairman) 」がぐっと順位を上げ、2位となった。3位を獲ったのが昨年と同じく日本の「傳」で、3年連続で日本勢1位のポジションをキープすることに。さらにトップ10位内に東京「フロリレージュ(7位)」「NARISAWA(9位)」、大阪の「ラ・シーム(10位)」が入るという快挙だった。

 

以降、「イル・リストランテ ルカ・ファンティン(17位)」「日本料理 龍吟(24位)」「茶禅華(29位)」「オード(0de)(35位)」「ラ・メゾン・ドゥ・ラ・ナチュール・ゴウ(40位)」「鮨 さいとう(46位)」「レフェルヴェソンス(48位)」「イヌア(Inua)(49位)」という、日本勢の健闘ぶりにはぜひご注目を。選ばれた50軒のうち新エントリーは7軒だったが、うち2軒が前出の「オード」「イヌア」であったというのも、誇るべき結果だ。

 

他国の状況も同様に目が離せない。まさにアジアのフードトレンドを如実に物語っていると言え、若手シェフのニューエントリーや新旧ランクイン店が入れ替わった感のある香港・マカオのレストラン事情など、1年でも様相は大いに変化するのが面白いところである。


2018年に17位で初ランクインし、翌年には14位。そして今回10位と勢いに乗る「ラ・シーム」の高田裕介シェフ。「仲間のシェフたちが私を支持してくれたという証でもあるシェフズ・チョイス賞。順位以上にうれしいことですね」と一言。 2018年に17位で初ランクインし、翌年には14位。そして今回10位と勢いに乗る「ラ・シーム」の高田裕介シェフ。「仲間のシェフたちが私を支持してくれたという証でもあるシェフズ・チョイス賞。順位以上にうれしいことですね」と一言。

2018年に17位で初ランクインし、翌年には14位。そして今回10位と勢いに乗る「ラ・シーム」の高田裕介シェフ。「仲間のシェフたちが私を支持してくれたという証でもあるシェフズ・チョイス賞。順位以上にうれしいことですね」と一言。

また、部門賞でも日本勢の活躍が目立ったことに触れておこう。日本料理の素晴らしさ、特に「だし」の魅力を世界に広めた立役者として多くのシェフたちに賞賛される京都「菊乃井」の村田吉弘が、料理界への貢献度を讃える「アメリカン・エキスプレス・アイコン賞」を受賞。10位に入った大阪「ラ・シーム」の高田裕介は、シェフ仲間による投票数を最も多く集めた存在として「イネディット・ダム社 シェフズ・チョイス賞」に輝いた。

 

そして、他国に遅れること18年、ようやく日本人女性シェフが壇上に立つ日が訪れたことにも、中村は心からの賛辞を寄せている。「東京『été』の庄司夏子さんが、ようやく素晴らしい受賞を果たしました。『ヴァローナ社 アジアのベスト・パティシエ賞』は、アジア全域で最も優れているとみなされたパティシエに贈られるものです。フルーツのケーキをシグネチャーとする庄司さんですが、同時にレストランシェフでもあります。今後、初の日本人女性シェフとしてのランクインも視野に入っているのではないでしょうか。大いに期待したいです」。

「アジアのベスト・パティシエ賞」を受賞した庄司夏子シェフ。紹介制だったレストランは2019年末に移転し、一般公開の店へと昇華。より多くのゲストが美食体験を享受できるようになった。 「アジアのベスト・パティシエ賞」を受賞した庄司夏子シェフ。紹介制だったレストランは2019年末に移転し、一般公開の店へと昇華。より多くのゲストが美食体験を享受できるようになった。

「アジアのベスト・パティシエ賞」を受賞した庄司夏子シェフ。紹介制だったレストランは2019年末に移転し、一般公開の店へと昇華。より多くのゲストが美食体験を享受できるようになった。

一日も早く、レストランが日常を
取り戻せる日が来ることを願って

一般的に見れば「世界に胸を張れる、日本のレストランの素晴らしさ」ではあるが、中村の心は実はまだ完全には満たされてはいないという。「シェフの皆さんの快挙を手放しで称賛する一方、悔しいかな、今年も日本の店がトップではなかったというのも、正直な気持ちとしてあります。日本のレストラン業界を愛する食べ手であれば、みなさん同様に感じることではないでしょうか。しかし、実は日本がレストラン大国であるがゆえに、このような状況になっていることもご理解いただけたらと思います。秀逸なレストランが他国に比べると群を抜いて多い日本では、投票者が投じる票がどうしても分散されてしまう。しかし、いわゆる“ガストロノミー”がまだそれほど多くない他国の都市であれば、『この街に来たらこの店』といった具合に、行くべき店も限られる。そんな事情が得票に影響しているというのも、理由として挙げられます。食のレベルが高い国ならではの贅沢な悩みなのかもしれませんが」

 

もろもろあった2020年の「アジアのベストレストラン50」だが、ランクインを果たしたシェフたちも、世界中の食べ手たちも、想像を絶する非常事態に陥った世界のレストラン業界の現状に心を痛めているのではないだろうか。今回、7位入賞となった東京「フロリレージュ」の川手寛康が、受賞のコメントを求められて次のように語った。おそらく全世界のシェフたちの心を代弁する言葉を、ここにお伝えしておこう。

 

「私たち料理人にとって最も幸せなこととは、料理を作ること。そしてそれをお客様に召し上がって喜んでいただくことです。他国の仲間たちは、店のクローズを余儀なくされている人も多くいるし、日本だっていつそうなるかわからない状況です。みんなが元のように料理を作れる日常が戻ることを願ってやみません」

 

(敬称略)

中村孝則 Takanori Nakamura
「世界ベストレストラン50」日本評議委員長(チェアマン)
コラムニスト
神奈川県葉山生まれ。ファッションやカルチャーやグルメ、旅やホテルなどラグジュアリー・ライフをテーマに、雑誌や新聞、TVにて活躍中。2007年にフランス・シャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を授勲。2010年には、スペインよりカヴァ騎士の称号も授勲。2013年より『世界ベストレストラン50』の日本評議委員長を務めている。剣道教士七段。大日本茶道学会茶道教授。著書に『THE CIGAR LIFE ザ・シガーライフ』広見護・中村孝則 共著( オータパブリケイションズ)、『名店レシピの巡礼修業~作ってわかった、あの味のヒミツ』(世界文化社)など。

Text by Mayuko Yamaguchi
Photography by © The World's 50 Best Restaurants

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