八重山上布の海晒し。海水と太陽の光に晒された布は白さを増す。

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美しき布紀行~会津、宮古・八重山(後編)

2019.7.19

「宮古上布」「八重山上布」の手仕事に新風を吹き込む、3人の女性作家

八重山上布の海晒し。海水と太陽の光に晒された布は白さを増す。Photography by Kazuya Ohmori

南の島の光と風
宮古・八重山の苧麻をめぐる今昔

沖縄県の宮古・八重山諸島にも、その繊細さと軽やかさから、トンボの羽にもたとえられる美しい麻織物がある。イラクサ科の多年生植物「苧麻」を素材とした涼やかな織物だ。この地域では、15世紀末には、人々が苧麻で織った衣服を纏っていたことが文献に記されている。そして明治36年までの266年間、人頭税の貢納布として女性たちは苧麻の布を織り続けてきた。苦難の中でも、至高の技が磨かれ、最高の上布を織り上げる。その精神は技の伝承と共に、島の誇りとして今も受け継がれている。

 

奥会津の昭和村からはるか遠く、この南の島々でも息づいている苧麻文化。苧麻の伝統に、革新をたずさえて活躍する3人の女性作家を訪ねた。

苧麻を素材とした最上級の麻織物「宮古上布」。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会 苧麻を素材とした最上級の麻織物「宮古上布」。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

苧麻を素材とした最上級の麻織物「宮古上布」。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会


「宮古の匂い」を追求した
新里玲子の
色彩豊かな宮古上布

1972年、沖縄が日本復帰する直前に、客室乗務員から宮古上布の織り手に転身した新里(しんざと)玲子は、精緻を極めた十字絣の紺上布を目にしたとき、「宮古の匂いがしない」と感じたという。

代表的な宮古上布として知られる紺上布。苧麻の糸を藍で染め、白く小さな十字絣で文様が構成される。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会 代表的な宮古上布として知られる紺上布。苧麻の糸を藍で染め、白く小さな十字絣で文様が構成される。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

代表的な宮古上布として知られる紺上布。苧麻の糸を藍で染め、白く小さな十字絣で文様が構成される。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

新里の研ぎ澄まされた感覚が導いた「宮古の匂いのする」上布は、紺上布とは異なるものだ。琉球王府時代の色鮮やかな上布にもインスピレーションを得て、明るい色彩を帯びる新里の作品には、島の自然の生命力がそのままにあふれている。

新里玲子の宮古上布。明るく華やかな色味が特徴だ。写真提供:宮古上布保持団体 新里玲子の宮古上布。明るく華やかな色味が特徴だ。写真提供:宮古上布保持団体

新里玲子の宮古上布。明るく華やかな色味が特徴だ。写真提供:宮古上布保持団体

「宮古上布=紺上布」と島の誰もが考えていた時代に、独自性ゆえに異端児とされた時期も長かった。時代は変わり、島も変わった。異端児だった新里だが、手括りで絣を染める伝統の技を引き継ぎ、今は、国の重要無形文化財「宮古上布」の保持団体代表を務めている。そして時を経て、新里も紺上布に宮古らしさを見出すようになった。そこには宮古の人の強い気質が凝縮されていたのだ。

 

染織作家として活躍する新里だが、織りよりも糸に対する思いが強い。土の中で暮らしてきた宮古のおばあたちの力強さを宿した糸に熱い思いを寄せ、「糸の様々な表情は、糸を績んだおばあそのもの」と語る。

宮古上布の極細の糸は繊細でありながら、島のおばあの強い生命力を秘めている。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会 宮古上布の極細の糸は繊細でありながら、島のおばあの強い生命力を秘めている。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

宮古上布の極細の糸は繊細でありながら、島のおばあの強い生命力を秘めている。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

苧麻の繊維を爪で細く裂いて撚ってつなげる。糸の声に耳を澄まし、糸が自然と裂けるところを裂く。時代を超えて受け継がれてきた、島の女性の手仕事だ。

宮古の苧麻績み(ブーンミ)。宮古・八重山では苧麻を「ブー」と呼ぶ。績みは「ンミ」と発音する。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会 宮古の苧麻績み(ブーンミ)。宮古・八重山では苧麻を「ブー」と呼ぶ。績みは「ンミ」と発音する。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

宮古の苧麻績み(ブーンミ)。宮古・八重山では苧麻を「ブー」と呼ぶ。績みは「ンミ」と発音する。写真提供:NPO法人織の海道実行委員会


八重山上布に息吹く
伝統と革新

沖縄県指定無形文化財「八重山上布」の保持者、新垣(あらかき)幸子が、石垣島で織りを始めた頃、八重山上布はヤマノイモ科の紅露(クール)の擦込み捺染(すりこみなっせん)による赤茶絣の白上布が主流だった。

 

東京の日本民藝館で、地まで鮮やかな色で染められた琉球王府時代の上布を目にしたとき、新垣幸子は「八重山上布は白だけではなかった」という確信を得た。

新垣幸子による琉球王府時代の復元上布。手括りによる絣を藍で、地をヤマモモ(楊梅)で染めている。(石垣市立八重山博物館所蔵)写真提供:NPO法人織の海道実行委員会 新垣幸子による琉球王府時代の復元上布。手括りによる絣を藍で、地をヤマモモ(楊梅)で染めている。(石垣市立八重山博物館所蔵)写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

新垣幸子による琉球王府時代の復元上布。手括りによる絣を藍で、地をヤマモモ(楊梅)で染めている。(石垣市立八重山博物館所蔵)写真提供:NPO法人織の海道実行委員会

過酷さで知られる人頭税だが、新垣は王府時代の上布の織りにおおらかさを感じていた。調べてみると、女性たちは最高の布を作り上げるという誇りをもって上布を織っていたことがわかった。

八重山は色鮮やかな植物染料の宝庫だ。新垣は、主に島の植物の色で八重山の自然を表現する。Photography  by Kazuya Ohmori 八重山は色鮮やかな植物染料の宝庫だ。新垣は、主に島の植物の色で八重山の自然を表現する。Photography  by Kazuya Ohmori

八重山は色鮮やかな植物染料の宝庫だ。新垣は、主に島の植物の色で八重山の自然を表現する。Photography by Kazuya Ohmori (安本千夏著『島の手仕事―八重山染織紀行―』南山舎:https://www.jaima-mark.net/smp/item/book-other20.html

新垣は八重山の人たちが白地に誇りを持っていたことにも気がついた。王府時代には黄や紅、藍で地を後染めしていたが、その発色を高めるためには、地をうんと白くする必要がある。八重山では、昔から海晒しによって布を白くしており、その様子は琉球舞踊としても残されている。北国では布を雪晒しする。八重山では海晒しをする。風土の中で生きてきた人間の知恵によって生まれた営みだ。

琉球の絣文様がやさしくちりばめられた伝統的な八重山上布の海晒し。写真提供:石垣市織物事業協同組合 琉球の絣文様がやさしくちりばめられた伝統的な八重山上布の海晒し。写真提供:石垣市織物事業協同組合

琉球の絣文様がやさしくちりばめられた伝統的な八重山上布の海晒し。写真提供:石垣市織物事業協同組合


西表島の自然の恵みを
自由な発想で織り上げる
紅露工房の石垣昭子

人間国宝、志村ふくみに師事した石垣昭子は、自然豊かな西表島で、苧麻や芭蕉、絹などの素材感を生かし、植物からいただく様々な色彩で、感性のおもむくまま自在に織りあげる。石垣昭子は、上布にこだわらず、気軽に纏えるストールから、祭祀、芸能の衣装まで幅広く手掛けている。

まるで絵本に出てくる森の住人のような紅露工房の石垣昭子。Photography by Makoto Yokotsuka まるで絵本に出てくる森の住人のような紅露工房の石垣昭子。Photography by Makoto Yokotsuka

まるで絵本に出てくる森の住人のような紅露工房の石垣昭子。Photography by Makoto Yokotsuka

西表島で海晒しをする石垣昭子。故郷の竹富島には「ヌヌシャー(布晒し)の浜」がある。Photography by Makoto Yokotsuka 西表島で海晒しをする石垣昭子。故郷の竹富島には「ヌヌシャー(布晒し)の浜」がある。Photography by Makoto Yokotsuka

西表島で海晒しをする石垣昭子。故郷の竹富島には「ヌヌシャー(布晒し)の浜」がある。Photography by Makoto Yokotsuka

夫とともに、糸の素材も染料も島で自給自足してきた石垣昭子に、最近、ひとつの出合いがあった。上質な苧麻の産地として知られる福島県、奥会津昭和村の苧麻(「からむし」と呼ばれる)の繊維を織る機会を得たのだ。一目見て昭和村のからむしの放つ美しい光沢に心が躍り、どう織れば「キラ」と呼ばれる光沢をそのままに生かせるかと試作を重ねている。

昭和村のからむしの光沢を生かすために、繊維を裂いて糸にせず、繊維のまま織り込んだ。写真提供:紅露工房 昭和村のからむしの光沢を生かすために、繊維を裂いて糸にせず、繊維のまま織り込んだ。写真提供:紅露工房

昭和村のからむしの光沢を生かすために、繊維を裂いて糸にせず、繊維のまま織り込んだ。写真提供:紅露工房

昭和村のからむしを手績みした糸で織り上げた布。真珠のような光沢を放つ糸がこの布の主役だ。Photography by Takayo Moriyama 昭和村のからむしを手績みした糸で織り上げた布。真珠のような光沢を放つ糸がこの布の主役だ。Photography by Takayo Moriyama

昭和村のからむしを手績みした糸で織り上げた布。真珠のような光沢を放つ糸がこの布の主役だ。Photography by Takayo Moriyama

奥会津から遠く離れて、宮古・八重山まで訪ね歩いた今回の布紀行。それぞれの風土で苧麻文化は脈々と受け継がれていた。私が気がついたことがある。場所は違えど、苧麻の手仕事をする人は、苧麻の声に耳を澄まし、それに応えるために自らの技を極めようとしていることだ。これからも苧麻と人との語らいは続いていく。

 

(敬称略)

『織の海道Vol.01八重山・宮古編』(日本語・英文併記) NPO法人 織の海道実行委員会発行
沖縄県の先島諸島(八重山・宮古)に受け継がれる多彩な染織文化に触れられる珠玉の一冊。島の豊かな自然、歴史、そして民俗が、美しい写真と静謐な文章で紹介される。

 

NPO法人織の海道実行委員会
Facebook:https://www.facebook.com/orinoumimichi/

 

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Text by Masako Suda

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