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グルメ最前線 トップレストランを探訪する

2024.6.12

アジアのベストレストラン50で急上昇の香港「WING」で、イノベーティブ中華を堪能してきた

「サトウキビとサトウキビジュースで燻した子鳩のロースト」。




最新2024年アジアのベストレストラン50では、前年の37位から一気にごぼう抜きして5位となり、最も順位を上げた店に贈られる「ハイエストクライマー賞」の称号を獲得した。また、2024年6月5日に発表された2024世界のベストレストラン50では、なんと20位にランクイン。まさに香港の最注目レストランと言えるのが「WING」だ。

 

新しい広東料理を次々と創りだす「WING」のヴィッキー・チェン氏は、そもそも、「VEA(ヴェア)」というフランス料理店のシェフだった。そんな彼がどうしても中国料理をやりたくて、2021年に同じビルで「VEA」の階下の29階に開いた店が「WING」である。その魅力を探るために、わざわざ日本からこの店を目掛けて食べに行ったので、そのリポートをお届けする。

 

 

ちなみに、アジアのベストレストラン50の全リストや2024年の傾向を知りたい方はこちらをご覧あれ。

 

 

 





シックなインテリアの中で、プレミアムコースを味わう

 

 

メニューはコースメニュー2つのみ。今回はプレミアムコースを選んだ。前菜4品、スープをはさんで主菜が5品、そしてデザートへと続く。

 

店内はモスグリーンが基調になっていて、大理石がアクセントを添える。もちろん従来の中国料理店にはないようなシックな内装である。フレンチかイタリアンか、そんな雰囲気なのだ。スタッフがウェルカム光線を一斉に発してくれるお蔭で、こちらの気も楽になる。コスチュームもおしゃれだ。
プレミアム・コースはウェルカムの中国茶のあとで、シャンパーニュ「ピエール・ペテルス グランクリュ」の乾杯から始まった(美味しい!)。






(左上から時計回りに)「ホタルイカの酢漬け」、「燻製茄子のサワーソース載せ」、「自家製ピータンと日本牡蠣のスパイシーソース添え」、「南アフリカの鮑の紹興酒漬け」。 (左上から時計回りに)「ホタルイカの酢漬け」、「燻製茄子のサワーソース載せ」、「自家製ピータンと日本牡蠣のスパイシーソース添え」、「南アフリカの鮑の紹興酒漬け」。

(左上から時計回り)「ホタルイカの酢漬け」、「燻製茄子のサワーソース載せ」、「南アフリカの鮑の紹興酒漬け」、「自家製ピータンと日本牡蠣のスパイシーソース添え」。

 






まず、前菜4種である。写真の左上から「時計回りで食べてください」とのこと。順に説明する。

スタートの「ホタルイカの酢漬け」は、ホタルイカに海藻の海茸、フレイバーとして雲南唐辛子を合わせた意欲的な一皿だ。緑が雲南の唐辛子、2枚の茶色いスライスが海茸で、ニュージーランドからチリにかけての南極に近い海で採れるものだそうだ。酸味とほど良い辛味がして、そこに私たちにも馴染みが深いホタルイカのねっとりした旨味が加わる。最初から才気がほとばしる一品だ。食欲も否応なくアガる。
ついでに真面目な指摘をすれば、食材に海藻を入れ込むところからは、シェフが抱く、海産資源についての問題意識を感じ取ることができるのではないだろうか。
ワインはブルゴーニュの白「リュリィ ドメーヌ・ヴァンサン・デュルイユ・ジャンティアル」が注がれた。華やかなフルーツを感じさせつつ豊かな渋味もあり、海鮮ものにはよくマッチする。

 

 

待ちに待った料理が運ばれてくる。ワクワクが止まらない

 

 

2番目が「燻製茄子のサワーソース載せ」。スモークした茄子をヒモのように細く編み上げた信じがたい行程を経た料理だ。サワーソースにはリンゴのフレイバーがついている。これまた酸味とリンゴの甘味、そこにナスの薫香が加味されるのだ。中国料理の技法と調味料を使いながら、完成形はフレンチのような手際と言えよう。一口でスルリと食べてしまえるのだが、えーっ、はっきり言って、5本くらいは食べたい!
3品目が「南アフリカの鮑の紹興酒漬け」だ。紹興酒は1876年創業の「永利威」のものである。中国料理では、紹興酒にいろんなものを浸す。エビ、鶏、ガチョウ、鳩……だが、アワビというところが新しい。いわゆる「酔っ払いエビ」ならぬ「酔っ払いアワビ」。紹興酒は塩や砂糖などで調味してあり、クコの実と八角も入っている。典型的な中国料理の手法であるが、極めて繊細で豊かに広がる味の仕上がりになっている。もちろん、アワビ自体にはしっかりと味が浸透していて、舌に吸いつくようにとても柔らかく、見事に美味しい。
まずアワビを紹興酒に漬けたらどうだろうかという着想があり、それを確かな手技によって確実に美味しい料理に落とし込んでいるところが見事だ。

 

 

前菜の最後が、「自家製ピータンと日本牡蠣のスパイシーソース添え」。ピータンを自分で作ってしまうところに、シェフの並々ならぬ食への情熱を感じるではないか。自家製であるがゆえに、臭みのないピュアな味わいを実現した。中国料理ではピータンには豆腐と相場が決まっているが、それに牡蠣を合わせたところがとても斬新だ(少し前には牡蠣ではなくて、白子を合わせていた)。味付けは辣油の辛さと花椒による軽い痺(しび)れで四川料理っぽいが、解析できない欧風の味が一つ入っていた。もちろん、素晴らしく美味しい。ちなみに、香港人は辛味は平気でも痺れは苦手なので、痺れは10秒ぐらいで消えるように分量を計算しているらしい。

 

前菜や次に続く料理からも分かるように、食材は、香港・マカオや近場の中国だけではなく、世界各地から集められている。この観点から見ても、いわゆる従来の中国料理とは明らかに異なるものだ。新しい食に対するシェフの熱意を感じざるを得ない。しかも食材の組み合わせが新しいだけでなく、フレイバーとテイストも極めて斬新なのだ。
奇を衒ったクリエーションならば、さほど驚くべきものではない。全く新しい料理なのに、確実に中国料理を食べた気になる。そして、何よりも大事なのはそれがとても美味しいということである。いや、衝撃的に美味しいと言い直すべきか。
そして、こうも言える。「WING」の料理は何の知識もなく食べても抜群に美味しく感じられるのだが、食べ手が持つ中国料理にまつわる知識と経験の深度によって、見えてくる真価は変わってくる。何を変え、何が新しく、何をどう構成したのかが分かると、より一層楽しめるだろう。

 

 

いきなりの衝撃的美味しさに、打ちのめされる

 

 

冷菜の次には熱い「アミガサ茸と仔羊のスープ」が出てきた。出汁はダブルボイルをして羊で取ったものだ。コンソメのように澄んでいる。アミガサ茸の中にボイルした羊の肉片が入り、青豆が爽快さを加える。

 

 

ここから主菜の5連発が怒涛のように押しよせる。
ワインはブルゴーニュの赤「コート・ド・ニュイ・ヴィラージュ」。どっしりと力強く複雑繊細で、余韻が長く残るワインだ。





「マカオ産の舌平目の醤油の蒸し物」。 「マカオ産の舌平目の醤油の蒸し物」。

「マカオ産の舌平目の醤油の蒸し物」。











まず、「マカオ産の舌平目の醤油の蒸し物」。清蒸にした天然の舌平目に、醤油と熱した油をかけ、さらに揚げたネギと、白髪ネギ、青ネギ、コリアンダーを載せた。高級料理としてガルーパ(ハタ)の清蒸はよくあるが、上にかけてあるのはせいぜい白髪ネギとコリアンダーくらいだろう。しかも、縁側は骨が多いから、中国人は食べないのが普通だ。しかし、この皿では、ヒレの部分とゼラチンの多い縁側部分がともに供されている。縁側を出すこと自体が「この部分が美味しいことを分かっているよね?」と、ゲストに向けて問いかけたサインなのだ。そして、4種の付け合わせがいい。揚げたネギが甘い。白米にスープをかけて食べたら最高に美味しいのだが、ガマンした。

 





「ナマコの春巻き」 「ナマコの春巻き」

「ナマコの春巻き」






「ナマコの春巻き」は初手のプレゼンテーションが面白い。写真右に写っているのが乾燥ナマコで、この巨大なオーストラリア産乾物を、10日間水を換えながら戻して調理するのである。もちろん、食べるのは左のパリパリの春巻きのほうだけ。ウエイターがその場で真っ二つに切ったあと、ソースがひかれた皿に盛ってくれる。中にはいい歯ごたえのするナマコが入っている。食べる際には、春巻きの中にネギを入れて一緒に食べる。やはりこの品がもたらすのは、食感の楽しみである。皮のパリパリとナマコのグニュグニュだ。香港人はとりわけグニュグニュが好きなのである。

中国料理において、海鮮乾物の戻しは大変な経験と技術を要するものだ。シェフのヴィッキー氏が取得した業は、その情熱に感銘を受けた地元の名シェフが伝授してくれたものだという。

 

 

一流シェフの手技が光る、絶妙な味わいと食感

 

 

「アラスカのキングクラブのチリソース添え」に続いて、「サトウキビとサトウキビジュースで燻した子鳩のロースト」(トップ写真)。簡易手袋をくれるので、手掴みでむしゃぶりつく。子鳩は干して少しエイジングさせて水分を抜いたあとで、燻したものだ。まず、甘いかぐわしさが鼻腔に入り込み、食欲をくすぐる。皮はあくまでもこんがりのパリパリ。水分を抜いてあるのに、かぶりつけば垂れてくるほど肉汁が豊富で驚く。子鳩の皮と肉は本来なら野趣に富んだ料理のはずだが、サトウキビのほどよい甘さがなんとも上品な一品に仕上げている。サーブする前に、サービスマンが、頭を食べるかどうかを聞いてくる。中国人はもちろん食べる。私も頭皮と脳みそと髄液を食べた、というかすすった。まあ、部位としてさして旨いわけではないけれども(苦笑)。

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「塩豚のカイランの炒め物」。 「塩豚のカイランの炒め物」。

「塩豚とカイランの炒め物」。






「魚の浮袋の乾物・花膠と黄耳のご飯、アワビソース」。 「魚の浮袋の乾物・花膠と黄耳のご飯、アワビソース」。

「魚の浮袋の乾物・花膠と黄耳のご飯、アワビソース」。







メインの最後の「塩豚とカイランの炒め物」だが、この塩豚が並みのものではない。オキアミの塩漬けにした蝦醤をまぶしてあるので、塩味がとても豊かで深いのだ。従来からある中国料理を作ってみても、一ひねりしてあるところが鋭利な切れ味を感じさせる。塩豚を一かけら噛んでは、筆者が大好きな緑野菜・カイランのコリコリを食べる。実によいコンビネーションだ。

 

 

口がリフレッシュしたところで、締めのご飯が出された。
「魚の浮袋の乾物・花膠と黄耳のご飯、アワビソース」である。黄花魚(キグチ)の浮袋(花膠)は、本来は味がないはずなのに、ねっとりと濃厚だ。歯に食い込む感じが楽しい。黄耳はシロキクラゲの一種でこちらはコリコリする。それをアワビの出汁で炊いたご飯で食べるのだ。ともにラードを感じさせる濃厚と濃厚の掛け算である。コースは大団円を迎えた感じがする。






「ココナッツのシャーベットと雪膠のデザート」。 「ココナッツのシャーベットと雪膠のデザート」。

「ココナッツのシャーベットと雪膠のデザート」。






そして最後のデザート「ココナッツのシャーベットと雪膠のデザート」が凄かった。雪膠(せっこう)は、3000メートル以上の山に生えているキノコの一種で、熱を加えると燕の巣のようになる。アンチエイジングや免疫増強などの効能があるとされる。キクラゲは〝庶民の燕の巣〟と言われるが、 雪膠はキクラゲに似ていて、その中で最も高級なものだ。透明なゼラチン質のようになった雪膠と、ココナッツのシャーベットとともに食べる。とても凝った、甘さを控えた爽快感のある美味しいデザートである。

シェフのヴィッキー氏は基本的には地元の食材を大切にしている。しかし、横を見れば、広大な中国大陸に様々な食材と調理法があり、またそれらを世界中に求めることもできる。こうして得た様々な食材を、確固たるベースの広東料理とフレンチの業に落とし込むのだ。これからどんな新しい料理を生み出してくれるのか、楽しみでならない。
(この原稿を書くにあたっては、香港在住30年に及び中国料理に精通したカメラマンの久米美由紀さんから多大なる教えを賜った)。






WING店内 WING店内

WING店内。営業日には、シェフは29階と30階を行き来して忙しい。







WING

29F, The Wellington, 198
Wellington Street, Central, Hong Kong
℡852-2711-0063
定休日:日曜日
テイスティングコースHKD1980、プレミアムコース HKD2980
オンライン予約のみ(28日前より予約可)
*尚、アルコールはコース料金に含まれません。

 





文:石橋俊澄
Toshizumi Ishibashi

慶應義塾大学大学院文学部フランス文学科修士課程修了後、文藝春秋入社。「クレア・トラベラー」、「クレア」、「増刊ムック編集部」で編集長を歴任、最終は編集委員。私財での海外グルメ旅行は数知れず、また、5年間に及ぶ「クレア・トラベラー」時代には、30カ国余で最上の食巡りをする。公私にわたる食体験で衝撃を受けた店を7つ挙げれば、フランス・マントン「ミラズール」、パリ「エピキュール」、スペイン・ジローナ「エル・セジェール・デ・カンロカ」、イタリア・ソレント「トッレ・デル・サラチーノ」、香港「大斑樓」と「アンバー」、東京「セザン」。現在、食・ホテル・旅館から歴史・医療・ビジネスもののエディター兼ライター。

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