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美味なるホテルダイニング探訪

2023.3.16

ホテルグランヴィア京都 フレンチ シェフ出身の佐藤総支配人が進める斬新なダイニング改革(前編)


いま、あらためてホテルのダイニングが注目を集めている。ダイニングはホテルを選ぶ際の重要な要素。ダイニングの料理を目当てにホテルに足を運び、宿泊するゲストも増えてきた。街中のレストランとは規模も形態も異なるホテルダイニングの魅力と、そこで努力を重ねている料理人をはじめとする数々のスタッフにスポットを当てていく。



「食のグランヴィア」を目指す理由(わけ)

 

ホテルには「総支配人」という職位がある。いわば、ホテルの最高責任者だ。経営全般に加え、各セクションを束ねて統率し、ホテルの顔としてVIPを接遇する。こうした多方面に及ぶ業務を遂行する「総支配人」には、一定クラス以上のホテルの場合、宿泊もしくは営業に従事してきた人間が就くことが多い。

 

しかし、「ホテルグランヴィア京都」では、料理畑を歩んできた、いわば生粋の料理人が2019年から総支配人を務めている。そのような例はほとんどなく、ある意味では異色ともいえるだろう。佐藤総支配人が「食のホテルグランヴィア京都」を目指す理由には、そんな背景があることも事実だ。


佐藤伸二総支配人 佐藤伸二総支配人

「高校生のときからレストランでアルバイトをしていました」と語る佐藤さん。隙なく着こなしたディレクタースーツが似合う。



シェフ出身の総支配人 佐藤伸二
母親が作る弁当を自分で作り直していた少年時代

 

「料理は小さい頃から好きでしたね。母親が作ってくれた弁当が気に入らなく、自分で作り直すような子どもでした」

 

「ホテルグランヴィア京都」の総支配人、佐藤伸二さんは語り始めた。ゆくゆくは教育者になるつもりで、進学校にも通っていた佐藤さんだったが、料理人の道を選んだのは、幼いころからの料理好きが嵩じてのことだった。

 

「幸運なことに、『クラブ関西』に務めることできたのです。そこでフランス料理の基礎を学ぶことができました」

 

「クラブ関西」とは、関西で活躍する経済人や文化人を会員として昭和23年に設立され、現在でも存在するクラブ組織だ。企業のトップ同士の情報交換の場でもあり、週に1度は食事会が開催される。舌の肥えた人を相手とする現場を、いきなり経験することとなった。



ショックを受けたホテルダイニングの現場

 

クラブ関西に16年間務めた後、「ホテルグランヴィア大阪」の前身である「大阪ターミナルホテル」に移った。しかし、原価率の考え方の違いや、宴会料理の多さという、ホテル特有の環境にショックを受けた。大量のフォン・ド・ボーやチキングリルを作る単調な作業の日々。それが半年続き、もう辞めようかなと迷っていた矢先、フランス料理のシェフへの配置転換があった。そして始めたのは、食材探しの旅だった。

 

「当時の総料理長が食材を重視し、背中を押してくれたこともあり、日本全国を歩きました。会社の理解もあり、現金での買い入れも可能となりました。その積み重ねで方々に信用ができ、食材の質をかなりあげることができました」



コンクール上位入賞の秘訣となったフランス料理に対する信念

 

「ホテルグランヴィア大阪の料理はおいしい」。

 

そんな評判が立ち始め、その中心を担っていた佐藤さんは、入社後5年で総料理長に抜擢された。そしてさまざまな改革を実行した。まずは料理人の意識改革。読書の大切さを説き、休憩時間には本を読む習慣を植え付けた。

 

さらにシェフを養成する教育制度を社内で整えた。加えて取り組んだのがコンクールへの出場だった。外へ出て名前を売る。コンクールの上位にいつも『グランヴィア大阪』がいる。それを目指し、事実その通りとなった。その秘訣には、現在にも通じる佐藤さんのフランス料理に対する信念がある。



佐藤総支配人 佐藤総支配人

ゲストの多くは京都府外から訪れる。「ゲストの皆さまに、料理からも『京都に来たんだな』と感じていただきたいと思います。ただ、あくまでも王道からはずれないことが大切」と語る佐藤さん。



停滞する王道ではなく、進化する王道を目指して

 

「ピュアなソースと適格な火入れ、そして味は王道。コンクールに限らず、フランス料理の本質はそれだと思っています。王道といっても、それは時代とともに変化していきます。停滞する王道ではなく、進化する王道です。クラシックを十分に理解しつつ、火入れの方法も進化させ、特に盛り付けなどは新しく斬新に。常に伝統と革新のせめぎ合い。それは料理に限らず、どの分野でもあてはまることなのではないでしょうか」

 

コンクール入賞常連という当初の目的を果たし、それと同時に「ホテルグランヴィア大阪」のフランス料理も格段にレベルアップしていった。



古都、京都という土地で料理を提供することの意味

 

「ホテルグランヴィア京都」の二代目総料理長に佐藤さんが就任したのは2004年。「ホテルグランヴィア大阪」に13年間籍を置いた後だった。「ホテルグランヴィア京都」はフランス料理「コトシエール」、鉄板焼「五山望」、日本料理「浮橋」、オールデイダイニング「ルタン」などの直営ダイニングを持ち、多い時には170人を超える料理スタッフを擁する大型ホテルである。大阪での実績を認められての就任だった。

 

 

「味噌、醤油、酢をはじめ京都中の食材屋さんを廻りました。古都京都で料理を提供するというのはどういうことかを一から考え、フランス料理にどのように京都の食材を取り入れるかということもあれこれチャレンジしました。現在の『コトシエール』でも、京都らしさを感じていただける食材や調味料を使っています」



「コトシエール」のシグニチャー料理。高知県宿毛からトロ箱で届く魚を調理。 「コトシエール」のシグニチャー料理。高知県宿毛からトロ箱で届く魚を調理。

メインダイニング「コトシエール」のシグニチャー料理。高知県宿毛からトロ箱で旬の魚が届く。魚の種類に応じて、グリル、ポワレ、コンフイなどにし、アラで作ったサフラン風味のスープドポワゾンをかけていただく。箱を開けて初めてわかる魚種に応じて臨機応変に調理する。素材を大切に扱いながらも、シェフの応用力の見せどころでもある。

 



ブルターニュ産の鳩とフォワグラのキャベツ包み、トリュフ添え。 ブルターニュ産の鳩とフォワグラのキャベツ包み、トリュフ添え。

ブルターニュ産の鳩とフォワグラのキャベツ包み、トリュフ添え。キャベツの周囲を、薄いパンチェッタ(ベーコンの一種)で巻き、味に深みを出す。ソースは鳩の骨の髄などから取る。ゼラチン質となるのを避け、あくまで軽くさらりとしたソースに。キャベツはちりめんキャベツを使用。



新たに取り入れた、フランスでの海外研修
総料理長の仕事は環境づくり

 

仕入れの見直し、料理人の意識改革、教育制度の整備、コンクール出場。大阪と同様の手法を京都でも実践しつつ、新たにチャレンジしたことがあった。それが料理人の海外研修だった。フランスに半年間、その間に2軒のレストランで研修を積む、という制度を確立させた。コロナ禍のためにここ3年ほどはこの制度が中断しているが、それまでは毎年送り出し、貴重な経験を積んだ料理人は、京都をはじめ、大阪、岡山、広島にあるホテルグランヴィアの主力シェフとして活躍している。

 

 

2022年、「ホテルグランヴィア京都」の総料理長に、佐藤さんの片腕として大阪時代から共に働いてきたフランス料理のシェフ、柏木健一さんが就任した。総料理長として、今でも毎日、直営レストランのどこかの厨房に立つという。柏木さんは語る。

 

 

「宴会場が多くなりがちですが、毎日どこかの厨房には立つようにしています。そして、フランス料理だけでなく、和食やカフェにいたるまですべての料理に対し、そこの料理長とコミュニケーションを密に取り、時には『こうした方がよいのでは』と意見も言います。また、大規模だからこそ、たとえば『今日は少し寒いからスープは熱めに』というような細かな指示を心がけています。そしてコンクール対策も怠りなく、資料集めのチーム、現場担当のチームと、いくつものプロジェクトチームを作り、調理場全体でサポートしていくようにしています。スタッフが働く意欲を高める環境造り、それが総料理長の仕事でもあります」

 



現在では厨房に入ることが少ない佐藤さんだが、一旦入ると、料理人としての視線になる。今日は宴会用の厨房で、総料理長の柏木さん(右)とメニューの確認。



「良い料理を作りたい」から「良いホテルを作りたい」へ

 

現場を柏木さんに託した佐藤さんは、総支配人としてもう少し大きな目でホテルを捉えるようになった。

 

「大阪は地元のお客様が多いのですが、京都は関東からのお客様が多いのが特徴です。その方々に、料理も含めホテルとして何を打ち出していけばよいか、そんなことを考えています」

 

そんな佐藤さんの口からは、何度も「良いホテル」という言葉が聞かれた。料理好きの青年がホテルダイニングの道に進み、最初は「良い料理を作りたい」と考え、それが年を経て「良いホテルを作りたい」へと変貌していった。

 

「パリのラグジュアリーホテルに泊まると、本当に素晴らしいなと思います。何もかもが一流。そうしたパリのホテルは、館内に三ツ星クラスのレストランを招致しているところが主流です。つまり、ダイニングをとても重視しているということです。この流れは、日本にもすでにやってきています。だからこそダイニングを充実させなければなりません」

 



受け継がれていく、料理哲学

 

最後に、少し意地悪な質問を投げかけてみた。「現場に立ち、料理人として料理を作りたいとは思いませんか?」と。

 

「料理を作ることは楽しい。それは充分に分かってはいます。でも、私が厨房に入ると、皆が迷惑しますからね……。できる限り厨房には入らないようにしています」

 

ディレクタースーツの佐藤さんは穏やかに笑う。

 

じつは、佐藤さんと柏木さんからお話をおうかがいしたのは、撮影したシグニチャー料理を織り込んだコースを「コトシエール」でいただきながらのことだった。食事が終わり、厨房から出てきた「コトシエール」シェフの河本英樹さんと佐藤さん柏木さんとの間で、料理の内容に関するごく短いやりとりがあった。

 

 

「スープドポワゾンはさらっとしすぎていたかもしれない」

「あのパンチェッタはもう少し肉の香りを纏わせた方がよいかもな」

 

 

普通の人にはとうてい分からない微細な味の感覚。それは3人が料理人だからこそのやりとりであり、料理哲学が脈々と受け継がれていく、まさに「食のホテルグランヴィア京都」を象徴するようなシーンでもあった。

 

 

ダイニングの充実が一流ホテルのあかし。それは佐藤さんがシェフ出身だから主張しているのではない。「ホテルグランヴィア京都」のかじ取りをする総支配人として、「風」を読む力がそう言わせているのだろう。ホテルを挙げてダイニングの充実を図る今、そしてこれからを追っていく。

 

 



ホテルグランヴィア京都 ホテルグランヴィア京都


ホテルグランヴィア京都

京都市下京区烏丸通塩小路下ル JR京都駅中央口

Text by Masao Sakurai(Office Clover)
Photography by Makoto Itoh


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