設楽町は、愛知県北東部・奥三河エリアにある、山間の小さな町だ。名古屋市から約100㎞、豊橋市や豊田市の中心部からも約50～60㎞もあり、アクセスはけっしてよいとは言えない。にもかかわらず、関谷醸造の直売所には全国から「蓬莱泉」（ほうらいせん）を求める人が絶たないほどの人気だ。限定予約品の蓬莱泉「空」（くう）、「吟」（ぎん）は、県内2カ所の直販所で予約を受け付けているが、どちらも1年待ちだという。アクセスの不便さをものともしない、人気の高さは本物である。

創業は1864（元治元）年までさかのぼり、現当主 関谷健で七代目となる歴史のある蔵だ。子どものころから瓶詰めや麹造りを手伝ったりしながら、酒造りを間近に見て育った関谷は、東京農業大学農学部醸造学科へ進学。ぼんやりとではあるが、家業を継ぐという意識があったという。卒業後はすぐには戻らず就職、兵庫県の酒米試験地で研修生として米について研究したことが、その後の酒造りに大きな影響を与えた。

関谷醸造にはアグリ事業部があり、自社で米作りもしている。転機となったのは2006年。株式会社の農業参入特区という制度が全国どこでも利用できるようになったことだった。それまでも地元の米を多く使ってきたが、農家の高齢化が進んできたことに気づき、将来安定的に供給されるかどうか、危惧を感じていたため、リタイアされた農家の田んぼを借りる形で自社栽培をはじめたのだ。米作りまでしている蔵は全国でも20社あるかないか。地域の農業についても思いを馳せる酒造りだ。

酒造りには、機械化やコンピューターを使った温度管理を積極的に導入している。機械は人間と違い手を抜くこともないし、杜氏の体調に左右されることもない。温度管理も完璧にできる。様々な要因に左右されない酒造りのために機械化は必要不可欠なものだという。機械化は労働環境を整える契機にもなり、社員はクリエイティブな取り組みや、人間にしかできない感覚的な部分を追求することに時間を割いている。関谷醸造には、「和醸良酒」というモットーがある。蔵人たちのチームワークの良さが良い酒を造ると考えているのだ。関谷自身はそこに「良い酒が飲む人たちの和を創る」と言う解釈もプラスして使っているという。

日本酒に親しんでもらうためのアプローチも、よく考えられている。2004年、豊田市黒田町に、オーダーメイドの日本酒造りができる「ほうらいせん吟醸工房」を作った。特にユニークなのは結婚式の引き出物としての利用だという。味の設計、仕込も実際に体験するということで、蓬莱泉はカップルにとって特別な記憶になるだろう。また、名古屋市内の江戸時代の米蔵を改装し「SAKE BAR圓谷」もオープンした。レストランスペースとバースペースで構成され、奥三河の食材を使ったメニューを揃えた。関谷は以前、日本酒造青年協議会会長を務め、一緒に酒サムライ活動を盛り上げてきた同志である。酒造りへのイノベーションと可能性、地元への愛情を感じさせてくれる蔵元だ。

平出淑恵セレクト「蓬莱泉」おすすめの2本

蓬莱泉　純米大吟醸　摩訶®
自社栽培の酒米 夢山水を使用したオール地元にこだわった1本。「華やかな果実のような香りときれいで、ピュアな甘みが上品です」。
種類：純米大吟醸酒
原料米：自社栽培　夢山水
精米歩合：30％
日本酒度：非公表
720ml 　5,500円（税抜）

蓬莱泉　純米大吟醸 空®
山田錦の持つ旨みと甘みが調和した純米大吟醸。「果物を思わせる豊かな香りと米の旨み、甘味が引き出された、味わい深いお酒です」。
種類：純米大吟醸酒
原料米：自社栽培　山田錦
精米歩合：40％
日本酒度：非公表
720ml　3,350円（税抜）

◆蓬莱泉　関谷醸造株式会社
愛知県北設楽郡設楽町田口字町浦22
0536-62-0505

平出淑恵　Toshie Hiraide

1962年生まれ。日本酒の国際化からインバウンドの地方誘客を目指す株式会社コーポ幸 代表取締役。酒サムライコーディネーター。IWCアンバサダー。昇龍道大使（中部・北陸９県のインバウンドアンバサダー）

Premium X   酒造りの誇りを胸に。世界が認める日本酒・蔵元選

日本酒の誇りを取り戻し、日本酒文化を日本国内のみならず、広く世界に伝えていくために、若手の蔵元の全国組織「日本酒造青年協議会」が2006年から始められた活動「酒サムライ」。Sake から観光立国をという夢を実現すべく活動する酒サムライ コーディネーター 平出淑恵が選ぶ、日本酒好きなら一度は訪れるべき個性豊かな酒蔵と、そこで味わいたい日本酒を紹介していく。

（敬称略）