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柴田裕介がプロデュースする日本工芸の美意識と奥ゆき

2020.7.16

4. 産地のコーディネーター日笠真理が届ける、日本人の感性と器の魅力

産地のコーディネーターとはあまり聞き慣れない仕事である。日笠真理は日本の文化や感性、そして器をこよなく愛し、その素晴らしさを国内外問わず、多くの人へ発信している。「伝える」「つなぐ」を仕事とするコーディネーターとして、多くの人と出会い、多くのものを見てきた目で、選び抜かれたものを紹介している。日笠の想いや感性は、私たちに大切なものを思い出させてくれる。

 

文・日笠真理

「器を手にとり、食べる」ことへの衝撃から、長い旅がはじまった。日本人が無意識にしているこの動作だが、他国では器を手に持ち食事をすることはしない。あらためてそれを認識した時の驚きは忘れられない。自分の茶碗があること、器を育てる・金継ぎといった愛で方があるのも、この国だけ。日本にしかない感覚的で親密な器との関係が気になって仕方がない。

 

コーディネーターとして、やきものの産地(主に瀬戸と常滑)をフィールドに窯元・メ-カー、作家、自治体と密に関わり、消費地とつなぐ仕事をしている。若い頃から器が好きで、いろいろな産地を回っていた。ある産地で印象に残ったのは、作り手と使い手の距離がとても遠いことだった。作り手はすぐそばにいるはずなのに、欲しい器になかなか出合わない。そこで、その距離を少しでも縮められる仕事をすることにした。


作り手と使い手をつなぐ情報誌(発行:瀬戸焼振興協会)。瀬戸のやきものを掘り下げ、様々な角度から光を当てて紹介している。企画・監修を担当。 作り手と使い手をつなぐ情報誌(発行:瀬戸焼振興協会)。瀬戸のやきものを掘り下げ、様々な角度から光を当てて紹介している。企画・監修を担当。

作り手と使い手をつなぐ情報誌(発行:瀬戸焼振興協会)。瀬戸のやきものをわかりやすく掘り下げ、様々な角度からひと・もの・ことを紹介している。企画・監修を担当。

産地に入って仕事をしていると、思いがけない宝物に出合うことがある。作り手にとっては空気のようでも、使い手からすると心躍る価値のあるものがある。長い年月の営みを経て濃くなったそこにしかないものを、作り手とともに共感しながら、宝物探しをするようになった。

 

急須の産地である常滑は、海苔の養殖が盛んな伊勢湾に面している。海苔の種付けに必要なのが牡蠣の殻なのだが、役目が終わると廃棄物となる。そこで、粉末状にした牡蠣殻で模様をつける手法が確立され、現代のライフスタイルに合う器が開発されている。海に近い産地ならではの技法に惹かれる。宝物は足元に眠っている。

牡蠣殻により雪が静かに降り積もったような模様が生まれる、常滑焼「盤」シリーズ。料理人からの評価も高い。 牡蠣殻により雪が静かに降り積もったような模様が生まれる、常滑焼「盤」シリーズ。料理人からの評価も高い。

牡蠣殻により雪が静かに降り積もったような模様が生まれる、常滑焼「盤」シリーズ。料理人からの評価も高い。

世界を見まわしても、日本ほど色・形・用途においても多種多様な器がある国はない。さらに、家庭の主婦が季節に合わせて使いこなしている。料亭などの特別な空間ではなく、日々の暮らしに根付いていることがすごい。海外ではテーブルに同じ器が並ぶことが美しいのに対し、日本では形や素材が異なる器が集まりひとつの世界を作り出すことに美を見出す。それは、日本人が大切にしている「和」に通じる。

 

作り手と使い手の距離が遠いと感じたが、それは物理的にであって、心は近くにあることが産地にいるとよくわかる。作り手は、ご飯を盛った時の重さや感触まで心を配り、お茶を淹れる時の所作が美しく見えるように思いを巡らす。実用的だけではなく、眼差しがその先へ続いていることが日本らしい。それは海を渡り感動を与える力があると信じている。

 

 


常滑の急須。蓋が吸い付くようにすっとおさまる感覚は、日本人なら誰しも気持ちいいと感じるだろう。手仕事とは思えない堅実で繊細な職人技が素晴らしい。(急須:甚秋陶苑 伊藤成二氏作) 常滑の急須。蓋が吸い付くようにすっとおさまる感覚は、日本人なら誰しも気持ちいいと感じるだろう。手仕事とは思えない堅実で繊細な職人技が素晴らしい。(急須:甚秋陶苑 伊藤成二氏作)

常滑の急須。蓋が吸い付くようにすっとおさまる感覚は、日本人なら誰しも気持ちいいと感じるだろう。手仕事とは思えない堅実で繊細な職人技が素晴らしい。(急須:甚秋陶苑 伊藤成二氏作)

食べ物も器も土から生まれ、人間は土に還る。幼いこどもは本能的に土が好きである。園芸療法や陶芸療法というものもあり、土の生み出す力、浄化や癒しの力を感じる。日本の“おもてなし”は、する側とされる側との気持ちの受け渡しである。寒い日に、筒状の陶器の湯呑にほうじ茶を淹れて差し出すと、指先も心も温まる。やさしく繊細な感性は、相手を癒し、心を救済するものと信じている。日本の器と心の関係について、科学的なアプローチとともに西洋・東洋の医学の視点からも紐解いてみたい。土の可能性を探るこれからの旅が楽しみである。

 

(敬称略)

 

→5. 現代の技術とセンスで蘇った「小倉織」。「小倉縞縞」築城弥央の新たな視点

日笠真理 Mari Hikasa 日笠真理 Mari Hikasa

Profile

日笠真理 Mari Hikasa
和の色 代表
1977年岡山県生まれ。神戸大学大学院医学系研究科修士課程修了。株式会社ポッカコーポレーション(現ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社)食品開発研究所にて、商品の企画・開発、販売促進プロモーション事業に携わる。その後、愛知県立窯業高等技術専門校にて陶芸を学び、2007年に「和の色」を立ち上げる。産地のコーディネーターとして、窯元・メーカーや作家、自治体や組織・団体のブランド作り、商品開発、情報発信、展示会・イベント企画、店舗ディスプレイなどの事業を行う。また、他業界とのネットワークを生かした企画や販路開拓のサポート、器や食に関する講座や執筆活動をしている。

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