作品題「英-hanabusa-2017」作品題「英-hanabusa-2017」

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柴田裕介がプロデュースする日本工芸の美意識と奥ゆき

2020.7.2

3. 木地師であり漆芸家、田中瑛子の感性が美へと昇華するとき

作品題「英-hanabusa-2017」

木地師で漆芸家でもある田中瑛子が生み出す作品は、その曲線が美しく、思わず触れたくなるような温もりを秘めている。それは木を選ぶところからはじまり、巧みな木地挽き、そして田中の感性で絶妙に塗り重ねていく漆、まさに田中にしか作れないものばかり。この美意識の源はどこにあるのだろうか。

 

文・田中瑛子

「なぜ私は作るのか?」
ふとした時、自身に問いかけるお決まりのテーマだ。その都度、その答えは上書きされていくのだが、最近はその中身は自身のアイデンティティーや生き方への問いかけへと広がりつつある。

 

その漠然とした問いにいつもヒントをくれるのは「外」の要素である。近いところでは夫や加賀という地、遠くなら異国の友人達や文化だろうか。私を中心に同心円上に広がる繋がりの中で、たくさんの相違からいくつもの気付きと出会った。例えば、実家を出てから得た伝統工芸の技術は「技を突き詰める深さ」であり、初めての展示であったNYの街からは「私らしい形の価値」、技術交流として訪れたコロンビアやドイツ、オランダは「世界における日本らしい感覚、技術の位置」を教わった。今では外との交流が自身を見つめるためには無くてはならない手段となっている。

コロンビアでの制作風景の様子 コロンビアでの制作風景の様子

コロンビアでの制作風景の様子

どうやら私はレアな存在でもあるようだ。
今思えば、好きなことを拾い集めながら歩いてきた道の岐路で選択してきたものは、大多数の方ではないらしい。周囲の友人たちが明確な夢や職業に憧れを持つ中、私には当てはまるものがなく、就職活動もしなかった。興味だけで愛知から石川に技術を求めて移住したが、技術を求めながらも職人にはならず、アーティストとして表現を手段としている。


アトリエでの制作風景。 アトリエでの制作風景。

アトリエでの制作風景。

漆芸の業界においても、蒔絵や塗りの技術を求める事が大半な中、素地である木の木目との融合を求めるのは少数であるし、そもそも漆芸というのは分業で成り立っているので、素地の木材加工と漆塗りの技の両方をもつ者も珍しい。そして特筆すべきは、木地挽きという日本のウッドターニング技術の背景だ。ウッドターニングという技術自体は世界的にみても珍しくはないのだがその多くは西洋式のもので、日本のスタイルはそれとは大きく異なる。機械も刃物も独自な発展を遂げ、とてもユニークだ。

作品題「群梅-Gunbai-」。 作品題「群梅-Gunbai-」。

作品題「群梅-Gunbai-」。

その歴史は9世紀頃まで遡りながらも限られた家系のみに受け継がれ、近代の工業化で拡がりをみせたものの男性社会であり、それはつまり過去において女性の感覚が入らなかったことを意味する。そんなことに気付くうちに、なぜ私はこれらを踏まえた位置に立っているのだろう?と、考えるようになった。そしてその答えはレアならば、それを濃くし強さに変えたいというものだった。

 

そこから私の「個」と向き合う時間が増えていく。作り出すものも従来守られてきた形より自分が美しいと思うものや気持ち良いと感じるものへ、器作りに限らず技術を生かせる存在を意識するようになった。私がどう在りたいかを探しながら。

 

私は瞬時的な感覚を好みながらも、思考は後から追い付いていくタイプのようで、そういう意味ではこの木地挽きと漆芸という要素はうまくそれらを補っている。轆轤(ろくろ)を使って木を挽くという作業は、実にスピーディーで一瞬の感覚を的確に遺してくれるし、漆の作業は日々の小さな作業の繰り返しの中で作品を改めて思慮する時間をくれる。緩急の具合が実に私に適している。余計な思慮なく生み出した形を見つめながら、そこに何かを見いだし、色や名前を与えると、脈々と受け継がれてきた「日本」という存在がいかに無意識に自然に私の中に流れているかを改めて感じるのだ。


新たに加賀市内にオープンしたギャラリーでは作品だけではなく宿泊や食事を通して日本文化を体感できる。 新たに加賀市内にオープンしたギャラリーでは作品だけではなく宿泊や食事を通して日本文化を体感できる。

新たに加賀市内にオープンしたギャラリーでは作品だけではなく宿泊や食事を通して日本文化を体感できる。

技術、経験、感情、感覚….生きて来た中で得たものを削ぎ落とし、取捨択一した先にできるであろう最も私らしいもの見たいがため、私はこれからも作り続けるのであろう。そして、この私を煮詰める人生が、結果的には日本らしい要素を育てていくことに繋がればと思う。それが私を育ててくれた日本にできるせめてもの恩返しなのだ。

 

(敬称略)

 

→4. 産地のコーディネーター日笠真理が届ける、日本人の感性と器の魅力

田中瑛子 Tanaka Eiko 田中瑛子 Tanaka Eiko

Profile

田中瑛子 Tanaka Eiko

愛知県安城市に生まれる。高校生の頃に日本の工芸作品に興味を持ち、大学では漆芸を専攻。大学卒業後、石川県挽物轆轤技術研修所に入所し4年間学ぶと同時に日本伝統工芸会正会員である中嶋虎男氏に5年間師事。独立後は木地師、漆芸家として国内外で作品展を開催するだけでなく、海外で技術の実演、指導を行うことで日本の失われつつある伝統技法を伝える活動をしている。2013年~2015年 アメリカ NY Sara Japanese Pottery、2016年~2017年 伊勢丹新宿店本館、2016年 インドネシア ジャカルタフェアモントホテル内サンライズギャラリー、2019年 台湾 屏東 国際クラフト展、2019年 東京 HULS galleryなど。またコロンビアやドイツ、オランダ、フランスにて技術指導を行っている。

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