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Portraits

日本のエグゼクティブ・インタビュー

2022.10.5

西陣織の美しさを次世代そして世界へと伝えていく矜持 株式会社細尾 会長 細尾真生



類いまれなブランドストーリーを持つ企業のエグゼクティブにご登場いただくのが、Premium Japan代表・島村美緒によるエグゼクティブ・インタビュー。彼らが生み出す商品やサービス、そして企業理念を通して、そのブランドが表現する「日本の感性」や「日本の美意識」の真髄を紐解いていく。

 

 

今回は、朝廷や武家の装束として発展した、京都の伝統工芸である西陣織の老舗「細尾」の代表取締役会長・細尾真生氏に話を聞いた。

 



離れて気づいた日本の伝統工芸・西陣織の美

 

 

創業は元禄元年(1688年)、多彩な糸を用いて絵画のように美しい文様を紡ぎ出す西陣織の老舗が「細尾」だ。細尾氏は代々続く家の長男として生まれながら、大学を卒業後は実は家業から離れたという。

 

「大学を卒業した1975年当時は、日本経済がグローバル化していこうとしている真っただ中。でも西陣織の帯や着物のマーケットは基本的に国内のみですよね。自分はもっと世界を股にかけた仕事をやってみたいという気持ちが強かったんです」

 

家業には戻らず、伊藤忠商事に就職。繊維部門に配属後、イタリア・ミラノに赴任し、約4年間ミラノのアパレル会社での仕事に従事することとなる。世界中の繊維製品を扱い、休日にはイタリア各地の職人を訪ね、様々な伝統工芸にも積極的に触れた経験は、思いがけない収穫をもたらした。

 

「イタリアでの最大の収穫は、西陣織の素晴らしさに気づいたことです。私にとって西陣織は、あって当たり前の存在。それまでは特に何とも思っていませんでした。世界中の繊維製品や職人の仕事に触れる中で、こんなに素晴らしく複雑な技術でできた美しい織物は、世界中探してもないと気がついたんです」



細尾会長 細尾会長

どんな状況下でもチャレンジし、どうすればビジネスになるのかを徹底的に考えることを叩き込まれた商社時代。その経験が今に活きていると語る細尾氏。



挫折から始まった海外展開

 

その気づきは、根本的な疑問へと変わったという。

 

「素朴に、なぜこんな美しい織物が日本の国内だけでくすぶっているんだろうという疑問が湧いてきたんです。世界に出ても高い評価を受ける価値は絶対にある。西陣織をどんどん紹介して、世界の方々に使ってもらうべきだと。それを自分のライフワークにしたいと思い始めたんです」

 

時期を同じくして先代が病に倒れたこともあり、西陣織を海外へ展開することを条件に家業に戻ることに。戻った当時の着物業界は好調な時代。一般家庭でも嫁入り道具に着物一式を持たせることが慣習になっていたように、作れば売れる状態だったため、先の見えない海外展開は結局お預けに。しかしその後、1982年をピークに着物の国内市場は徐々に衰退し、細尾も例外にもれず苦しい時代に。織物をあきらめ不動産業などに転業する同業者も多い中、細尾が新たに仕掛けたのが海外展開だった。

 

活路を海外へと求め、2006年にはパリで開催されている国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に西陣織を使ったソファやタペストリーを出展。しかし終わってみればオーダーはゼロという惨憺たる結果だった。

 

「日本的な美しさを『すばらしい』と褒めてくれるんですが、誰1人として注文してくれない。約1年かけて開発した商品でしたが、まったく実績をあげられませんでした」



西陣織を“織物のフェラーリ”に

 

そこには大きな二つの理由があった。ひとつは、まわりから『こんな高い値段で競争しても勝てない。ゼロをひとつ取るべき』と言われたという高い価格設定だ。

 

「そもそも西陣織は高貴な方々から注文をいただき、最高の材料と長い時間をかけて職人さんが最高に美しいものを作り、期待以上に美しいものを作りだすことに力を注いできました。期待を超えた出来上がりに対価をいただき、さらには名誉をいただく、それを精神的な支えとして代々仕事を続けてきた世界。逆に言えば良くない仕事をすれば、子々孫々まで大恥をかくことになり、それこそ家が成り立たなくなるという文化なんです。もちろん安い材料で作業を合理化し、それこそ安易な手抜きをすれば、ゼロをひとつ取る価格になるかもしれない。ですが、それでは他でも作れる織物と変わらない。“西陣織”ではなくなってしまうんです」

 

長い歴史に裏打ちされた、西陣織ならではの品質と文化を守るためにはどうすべきなのか。目指すのは“どこにでもある織物”ではなく、その価値を満足してもらえる唯一無二の織物になることだった。

 

「ならば、我々は“織物のフェラーリ”になればいいのではないかと考えたんです。家1軒買えるほどの価格のフェラーリも、世界中では何万台と販売実績があり、希少性から入手を待ち望んでいる人だっている。その存在に満足して長く使っていただける最高のものをつくる。我々が目指すのはそこにあるのではないかと考えました」

 



京都の細尾 京都の細尾

京都の本社1階にある、「HOSOO FLAGSHIP STORE(ホソオ フラッグシップ ストア)」。西陣織を使ったテキスタイルのほか、クッションなどのインテリア商品や、バッグなどの小物も人気商品に。



世界初の技術が成功への転換点に

 

そしてもうひとつネックになっていたのが、織物の幅=織幅だ。

 

ニューヨークの展示会で見た細尾の帯にほれ込み、著名な建築家ピーター・マリノ氏が声をかけてくれた。ぜひ自分のプロジェクトに使いたいとのことだったが問題は織物の幅。西陣織は帯を基本としているため、その織幅は約40㎝が基本。マリノ氏は「価格は高くても構わないが、内装に使うためには150㎝幅の織物にしてほしい」と言う。織幅約40㎝では、壁などの内装に使うには大きな制約となってしまうためだ。

 

「150㎝幅の織物を織るためには、そのための織機を作らなくてはならないんです。それは日本で1200年間西陣織に携わってきた人たちが、未だかつてやったことがないことへの挑戦でした」

 

着物や帯の売り上げが低迷する一方で、力を注ぐのはいつ完成するかわからない織機の開発。社内の軋轢も周囲からの反対もあったと言うが、細尾の技術者の努力と高い技術力が実を結び、約2年をかけて世界で初めての150㎝幅の西陣織を織る織機が完成した。



細尾会長 細尾会長

細尾の店内にて。150㎝幅の織機は非公開だが、使う縦糸はなんと2万本にもなるという。「血と涙と汗の技術開発の粋が集まった織機は、我々の命と同じ。これがないと細尾の織物は織ることはできません」



細尾だけが作ることのできる広幅の西陣織は、最高品質の素材と熟練の手仕事、そして独創的なデザインによって世界の注目を浴び、世界のラグジュアリーブランドやホテルのインテリアや、オートクチュールの素材などファッションの分野で幅広く使われるようになった。

 

「これが本当に大きな転換点になりました。レクサスのプロダクトデザインでの採用や、現代アートのクリエイターとのコラボレーションなど、今までのマーケットにはなかった新たな西陣織の価値を生み出すスタートになったと思います」



安定を求め始めた時点から衰退が始まる

 

「日本一、世界一美しいものを織物で表現すること。美しさの追求こそ、ビジネスのど真ん中に据える、それが細尾が大切にしている経営哲学です」

 

その一方で、伝統の世界にとどまるだけではなく、時代の変化に敏感であるべきとも考えている。

 

「320年という時間の中、世界は変化し続けています。今回のコロナウイルスの蔓延が人々の価値観やライフスタイルも劇的に変化させたように、これからも変わっていくでしょう。変化に対して、我々は半歩でも一歩でも先取りしながら、次の時代に向かって人々の変化に適応する形で、この美しい織物を追求していく仕事を進めています」

 

 

「順調な時こそ次の手を考える時」と細尾氏は語る。

 

「かつては業界が下降線をたどっていることに気づきながらも、状況を直視せず手を打たなかったために苦労した時代があります。ビジネスがうまくいっていることに安心せず、次の時代に何をすべきかを熟慮する。もうこのままでいいと思った時点で、衰退が始まると思っています」



細尾 細尾

12代目社長である長男の真孝氏とともに、リニューアルを手掛けた細尾本社。設計は建築家である次男・細尾直久氏によるもの。2階にはギャラリーも併設。


細尾 細尾

ファサードから店内に採用している土壁は、飛鳥時代から伝わる「版築(はんちく)」という技法で作られている京都近郊の4地域から運ばれた土の自然の色あいが、4つの異なる色彩を生み出す。



日本の美の伝統を世界へ、そして次世代へ

 

西陣織の老舗としての使命感もある。

「西陣織をこれから100年、200年と繋げていきたいですし、そのためには生業としてやっていける人材も増やしていきたいと思っています。なにしろ西陣織が大好きなんです。そこに人生をかけていくのは、本望だと思っています」

 

「好きな仕事をできることほど幸せなことない」と語る細尾氏。経営と同時に、現在は1000年以上前の平安期に始まったという古代草木染を現代に再現する研究を続けている。

 

「染料となる植物を種から栽培し、いくつもの工程と時間をかけて染めていく中でわかったのは、やはり美しいものは手間暇かけないと生み出すことができないということ。その手間暇にこそ、愛情や精神性を注ぎ込むことができると感じています」

 

商品の大量生産、大量廃棄に疑問を持ち、その価値があれば高くても、長く大切に使いたいという消費者が確実に増えている今、日本の美意識をまとった西陣織は世界へと大きく羽ばたいている。これからも世界中のあらゆる場所で、その美しき存在感を紡いでいくはずだ。

 




島村と細尾氏 島村と細尾氏

「美味しいものを食べて美味しいお酒を飲むのが生きがい」という細尾氏。Premium Japan発行人・島村とも全国の食の話題で盛り上がった。



細尾真生 Masao Hosoo

1953年京都市生まれ。同志社大学卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。イタリア・ミラノのノートン社へ出向。82年帰国後に株式会社細尾へ入社。2000年より代表取締役社長。05年西陣織広幅織物の海外展開に着手し、「京都プレミアム」プロジェクトに初年度より参画。06年パリ「メゾン・エ・オブジェ」をはじめとする国際見本市に参加する。11年には西陣織の技術と素材を活用した広幅織物製造輸出事業を本格的に展開。21年(株)細尾 代表取締役会長に就任。また古代染色研究所を開所し、伝統産業からクリエイティブ産業への業態変革に挑戦している。(一社)京都経済同友会常任幹事、(公財)京都市芸術文化協会理事、京都先端科学大学客員教授も務める。

 

島村美緒  Mio Shimamura

Premium Japan代表・発行人。外資系広告代理店を経て、米ウォルト・ディズニーやハリー・ウィンストン、 ティファニー&Co.などのトップブランドにてマーケティング/PR の責任者を歴任。2013年株式会社ルッソを設立。様々なトップブランドのPRを手がける。実家が茶道や着付けなど、日本文化を教える環境にあったことから、 2017年にプレミアムジャパンの事業権を獲得し、2018年株式会社プレミアムジャパンを設立。

 


Text by Yukiko Ushimaru
Photography by Noriko Kawase

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