勝沼の樽熟成庫に立つ三澤彩奈。樽の中で熟成の時を過ごすのは、2018年熟成の赤。

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Portraits

ワイン醸造家 三澤彩奈が造る魂の1本(前編)

2019.9.13

「甲州」を世界へ。 グレイスワイン 三澤彩奈の醸造家への道

勝沼の樽熟成庫に立つ三澤彩奈。樽の中で熟成の時を過ごすのは、2018年熟成の赤。

海外で知った甲州ワインのポテンシャル。
それが彼女をつき動かした。

ワイン醸造家 三澤彩奈。ワイン造りに携わる女性は今でこそ少なくないが、彼女がこの世界に飛び込んだ2004年頃は、同じ勝沼の丸藤葡萄酒で働く安蔵正子(旧姓水上)や山形タケダワイナリーの五代目にあたる岸平典子など、まだ数えるほどしかいなかった。

勝沼町の等々力にある、蔦の絡まるグレイスワインのワイナリー。2階がテイスティングルームになっている。 勝沼町の等々力にある、蔦の絡まるグレイスワインのワイナリー。2階がテイスティングルームになっている。

勝沼町の等々力にある、蔦の絡まるグレイスワインのワイナリー。2階がテイスティングルームになっている。

日本ワイン産業発祥の地、山梨県の勝沼に生まれた彩奈の生家は、1923年創業の「グレイスワイン」こと中央葡萄酒。生まれた当時は祖父の一雄が陣頭に立ち、82年以降は父の茂計がワイン造りに携わっていた。

ヴェレゾン(色づき)が始まった甲州。甲州から造られるのは原則として白ワインだが、じつは果皮の色は紫色をしている。 ヴェレゾン(色づき)が始まった甲州。甲州から造られるのは原則として白ワインだが、じつは果皮の色は紫色をしている。

ヴェレゾン(色づき)が始まった甲州。甲州から造られるのは原則として白ワインだが、じつは果皮の色は紫色をしている。

三澤家には彩奈の下に長男の計史がおり、長女の彩奈にワイン造りを継がせるつもりは父・茂計になく、また本人も継ぐ気持ちなどなかったようだ。本来ならば箱入り娘の彼女が、なぜ自らワイン造りの道へと進んだのだろうか。


1923年の創業時から育ち続けるケヤキの木。醸造施設の拡張時、この守り神のようにそびえ立つ木を引き抜いてしまうのは忍び難く、屋根を貫通する形で残された。 1923年の創業時から育ち続けるケヤキの木。醸造施設の拡張時、この守り神のようにそびえ立つ木を引き抜いてしまうのは忍び難く、屋根を貫通する形で残された。

1923年、中央葡萄酒の創業時から育ち続けるケヤキの木。醸造施設の拡張時、この守り神のようにそびえ立つ木を引き抜いてしまうのは忍び難く、屋根を貫通する形で残された。


きっかけは2002年、マレーシアでのある出来事だった。クアラルンプールのマンダリンオリエンタルホテルにあるレストランで、グレイスワインのプロモーションイベントがあり、彩奈も父に誘われてこれに同行した。イベントが成功に終わったその翌日、ふたりが同じレストランで食事をしていると、女性のソムリエが声をかけてきた。どうしても紹介したい夫妻がいると言う。

熟成中のワインを定期的にチェックする彩奈。ブドウもワインもつねに観察することが大事と、ボルドー大学の故ドゥニ・デュブルデュー教授から教えられた。 熟成中のワインを定期的にチェックする彩奈。ブドウもワインもつねに観察することが大事と、ボルドー大学の故ドゥニ・デュブルデュー教授から教えられた。

熟成中のワインを定期的にチェックする彩奈。ブドウもワインもつねに観察することが大事と、ボルドー大学の故ドゥニ・デュブルデュー教授から教えられた。

そこに現れたのはホテルに宿泊しているベトナム国籍の女性と、ヨーロッパ出身の男性のカップル。偶然「グレイス甲州」を口にして気に入り、なんと3日たて続けにレストランを訪れては、毎晩、グレイス甲州を1本空にされるという。図らずもそのワインを醸造した人物と出会えたことに、大喜びのふたり。この光景を目にした彩奈は父の偉大さに気づくと同時に、甲州ブドウから造られたワインのポテンシャルを再認識する。自らの人生をワインと、そしてこの甲州というブドウに賭けてみたいとの思いに突き動かされた。


必然の出会いが生んだボルドーへの道。
ワイン造りの真髄を学んだ3年の修行

そして2004年、中央葡萄酒に就職した。専門的な教育を受けていないので下積みからのスタートだ。しかしこの年、ひとりの人物との出会いが、ワイン醸造の世界最高学府であるフランスのボルドー大学入学を決意させる。その人物とは、「白ワイン造りの神様」と謳われた故ドゥニ・デュブルデュー教授である。デュブルデュー教授はボルドー大学で教鞭をとると同時に、世界各地のワイナリーでコンサルタントとしても活躍。2004年に教授のイニシアチヴのもと、勝沼で「甲州ワインプロジェクト」がスタートし、その協力ワイナリーとして手を挙げたのが中央葡萄酒だった。

建物にぶどうの蔦が絡まる勝沼町等々力のワイナリー。窓からぶどうの葉を透過した光が美しい。 建物にぶどうの蔦が絡まる勝沼町等々力のワイナリー。窓からぶどうの葉を透過した光が美しい。

建物にぶどうの蔦が絡まる勝沼町等々力のワイナリー。窓からぶどうの葉を透過した光が美しい。

この時に、それまでワイナリーで行われていた経験と勘が頼りのワイン造りではなく、徹頭徹尾、科学的根拠にもとづいた精緻な醸造技術を目の当たりにした。「王道のワイン造りを基礎から学ばなければならない」と思い立ち、翌年2月、フランス南西部に位置するボルドーの土を踏んだ。

 

渡仏したばかりの頃、フランス語は「パンを買うのが精一杯のレベルだった」という。しかし何が一番辛かったかと問われると、フランス語の難解さでも、授業の難しさでもなく、「周囲に山がなかったこと」と答える。ふたつの川が途中で合流して大西洋へと注ぎ込むボルドー地方は、ワインの銘醸地としては珍しく平坦な土地。360度を山々が囲む、甲府盆地の東端で育った彩奈にとっては、フランクフルトのゼーゼマン家にやってきたハイジのような気持ちだったに違いない。

ワイナリーのテイスティングスペースには、ショーケースに美しいグラスやオープナーなどのツールが飾られている。 ワイナリーのテイスティングスペースには、ショーケースに美しいグラスやオープナーなどのツールが飾られている。

ワイナリーのテイスティングスペースには、ショーケースに美しいグラスやオープナーなどのツールが飾られている。


とはいえ、ハイジにクララがいたように、彩奈にもボルドーでは志を同じくするワイナリー出身の学友がいた。毎日のようにボルドーの銘醸ワインを試飲しながらも、「ほっとするのは勝沼から送られてきたグレイス甲州を口にした時」と、彩奈は回想する。友人たちの助けもあり、ボルドー大学醸造学部を無事卒業した翌年、フランスのもうひとつの銘醸地、ブルゴーニュ地方で栽培醸造上級技術者の資格を取得。足掛け3年におよぶ修行を経て帰国し、中央葡萄酒の醸造家として再スタートを切った。

山々が豪風雨から守ってくれて、果実に恵まれる甲州の地。ワイナリーの庭先のブラックベリーを愛着を持って手に取る。 山々が豪風雨から守ってくれて、果実に恵まれる甲州の地。ワイナリーの庭先のブラックベリーを愛着を持って手に取る。

山々が豪風雨から守ってくれて、果実に恵まれる甲州の地。ワイナリーの庭先のブラックベリーを愛着を持って手に取る彩奈。

目指すは世界に通用する甲州。そしてその思いは5年前、英国を代表するワイン専門誌「デカンター」が主宰する「DWWA(デカンター・ワールド・ワイン・アワード)」で、「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が日本ワインとして初の金賞を獲ったことで結実する。彩奈が中央葡萄酒に入社して、10年の月日が流れていた。

三澤彩奈 Ayana Misawa
山梨県の勝沼にある「中央葡萄酒」社長、三澤茂計の長女として生まれる。2004年、中央葡萄酒入社。2005年に渡仏し、ボルドー大学醸造学部でDUAD(テイスティングコース)卒業し、ブルゴーニュで栽培醸造上級技術者の資格を取得。南アフリカのステレンボッシュ大学でブドウの生理学コースを修了し、日本がシーズンオフの時期に、季節が逆転する南半球のニュージーランド、オーストラリア、チリ、アルゼンチンのワイナリーで研鑽を積む。現在、中央葡萄酒取締役栽培醸造責任者。昨年、父・茂計と共著による「日本のワインで奇跡を起こす」(ダイヤモンド社)を上梓。

 

グレイスワイン(中央葡萄酒)
https://www.grace-wine.com/our_winery/katunuma/index.html

Photography by Ahlum Kim
Text by Tadayuki Yanagi

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