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Portraits

吉岡幸雄が再現する、鮮やかな日本の色(前編)

2019.7.5

紅花・紫草・蘇芳〜染織史家・吉岡幸雄は日本古来の色を天然染料で鮮やかに再現

家業を継いだとき、
天然染料だけで染めようと考えた

吉岡幸雄は42歳で家業である染織の工房を継ぎ、天然染料のみを使って日本の色を再現してきた。2016年にはイギリスのヴィクトリア&アルバート(以下V&A)博物館の永久コレクションに、染司(そめのつかさ)よしおかによる「日本の色・70色」が収蔵されている。江戸時代から続く家業を継ぐまでの吉岡は、編集者だった。

染司よしおかの工房は、宇治川のそばにある。この辺りでは川幅も広く、流れも速い。吉岡は中学生のとき、泳いでいて流されたそうだ。 染司よしおかの工房は、宇治川のそばにある。この辺りでは川幅も広く、流れも速い。吉岡は中学生のとき、泳いでいて流されたそうだ。

染司よしおかの工房は、宇治川のそばにある。この辺りでは川幅も広く、流れも速い。吉岡は中学生のとき、泳いでいて流されたそうだ。

「大学出てからは編集の仕事をしていて、家業から逃げまくってたんですよ。美術の出版社に入ったから、美術館に行くのが仕事。V&A博術館にはスタディルームというのがあった。今はないけどね。額のようなものの中に生地が入っていて、それが1,000枚もある。その部屋にはほとんど人がいないから、裂(きれ)をじっくり見るのにはよかった。古い裂の方がなんとも冴えていて、いいものがようけある。なんで古い方がいいのかなと思った。それは1800年代、産業革命後に化学染料に変わったから。僕は30年ほど染め屋稼業をやってるけど、やっぱり植物染めがいちばん美しいものだと思います」。

染めには井戸水を使っている。この水には鉄分が極めて少なく、透明感のある色が染まる。 染めには井戸水を使っている。この水には鉄分が極めて少なく、透明感のある色が染まる。

染めには井戸水を使っている。この水には鉄分が極めて少なく、透明感のある色が染まる。

吉岡はV&A博物館のキュレーターとよく話すようになり、だんだんと存在を認められるようになった。すると、その周りの人たちが注目してくれた。「こんな植物染めが注目されるとは思ってなかった」と吉岡。『吉岡幸雄作品展 失われた色を求めて In Search of Forgotten Colours』の展示は人気を呼び、2020年1月まで会期が延長されることになった。


日本の色は鮮やかなもの
わびさびの色だけではない

染司よしおかのストール。色とりどりのうすものが風になびく。 染司よしおかのストール。色とりどりのうすものが風になびく。

染司よしおかのストール。色とりどりのうすものが風になびく。

吉岡の工房は、京都市伏見区にある。宇治川がすぐそばを流れ、近くには酒どころの伏見がある。「うちの特徴は水なんです。100メートルの深さから汲んでいる。すぐ近くに月桂冠とか黄桜とか酒蔵があるけど、うちの水の方がええんです(笑)。中硬水なので甘さがあって、鉄分が少ない」。

工房の内部。右の人は木綿の藍染めを、手前の人は絹を、奥の人は大きな木綿を染めていた。 工房の内部。右の人は木綿の藍染めを、手前の人は絹を、奥の人は大きな木綿を染めていた。

工房の内部。右の人は木綿の藍染めを、手前の人は絹を、奥の人は大きな木綿を染めていた。

そう自慢する井戸の水で染める色には透明感があり、鮮やかだ。「飛鳥時代くらいから、日本では着るものの色が重要になってくる。いろんな色を染めるために、海外からも材料を買っているんです。蘇芳(すおう)という木があります。この木の芯を使うと真っ赤に染まる。ところが熱帯の植物だから、輸入せなしょうがない。日本の色というのは、日本人が出している色であって、日本の材料だけで染めているわけではないんですよ」。

染料にする茜(あかね)を煎じている。30分ほど煎じたら、色を確認する。あまり煎じすぎると色が濁るという。 染料にする茜(あかね)を煎じている。30分ほど煎じたら、色を確認する。あまり煎じすぎると色が濁るという。

染料にする茜(あかね)を煎じている。30分ほど煎じたら、色を確認する。あまり煎じすぎると色が濁るという。

その証拠は奈良の正倉院にある。ここには染織に使った材料も伝わっているのだ。「僕らも正倉院に行って、蘇芳をもらってきて染めたいくらい」と吉岡が言うように、蘇芳と書いた札までついたものが残っている。蘇芳の木そのものを細工した工芸品も残る。「染織材料の伝世品まである蔵は、他の国にはないですな」と言う吉岡は、毎年正倉院展に行き、はるか昔の染織品と向き合ってきた。先人の見事な技には、しばしば感動して立ち尽くすという。

薄鈍色(うすにびいろ)の定着中。鉄分を使い、色を発色、定着させる。出す色によって何分作業するか決まっている。


工房を訪ねると、染め職人たちが着尺(きもの用の生地)や木綿布、ハンカチーフ、和紙などをそれぞれに染めていた。傍らには、何かの植物を煮出している鍋がふつふつと沸いている。聞くと、茜という植物で、赤を染めるものだという。

藍甕(あいがめ)を覗かせてもらった。気温が20度を越すと藍が活発になるという。 藍甕(あいがめ)を覗かせてもらった。気温が20度を越すと藍が活発になるという。

藍甕(あいがめ)を覗かせてもらった。気温が20度を越すと藍が活発になるという。

「植物染めの材料の見た目からは、想像できない色が出る。いい色を出していくテクニックが必要なんです。秘めたるところから、色を出してこなあかん。それがまた洗練された色でないとあかん。言うてみれば、植物と大地の結合やな」。

藍で染めたハンカチーフ。職人の手も藍で染まっている。 藍で染めたハンカチーフ。職人の手も藍で染まっている。

藍で染めたハンカチーフ。職人の手も藍で染まっている。

藍甕のかたわらでは、職人が秒数を計りながらハンカチーフを染めていた。藍は発酵させて蒅(すくも)にして保存したものを、灰汁(あく)と共に甕に入れてふすまを加え、発酵させる。これを「藍を建てる」という。20度以上の気温になると、染めることができるようになる。

染める時間で色が変わっていく藍色。明治時代初期に日本に来た外国人は、藍色のきものや藍色ののれんの美しさを「ジャパンブルー」と賞賛した。 染める時間で色が変わっていく藍色。明治時代初期に日本に来た外国人は、藍色のきものや藍色ののれんの美しさを「ジャパンブルー」と賞賛した。

染める時間で色が変わっていく藍色。明治時代初期に日本に来た外国人は、藍色のきものや藍色ののれんの美しさを「ジャパンブルー」と賞賛した。

わずかな時間染めれば淡い藍色になる。この色を甕覗(かめのぞき)と呼んでいる。布が藍甕を覗いただけで出てくるからとも、甕の水に空が映ったような淡い色合いだからともいう。いずれにしても色への愛着が感じられる名前だ。古来の日本の色の名前には、自然との関わりが現れている。

工房の庭にある蓼藍(たであい)の葉。傷ついたところが青くなることで、青い色素を持っているのがわかる。 工房の庭にある蓼藍(たであい)の葉。傷ついたところが青くなることで、青い色素を持っているのがわかる。

工房の庭にある蓼藍(たであい)の葉。傷ついたところが青くなることで、青い色素を持っているのがわかる。

吉岡幸雄 Sachio Yoshioka
1946年生まれ。京都府出身。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。1988年生家の「染司よしおか」五代目に。1991年きもの文化賞受賞。2000年『日本の色辞典』刊行。2009年京都府文化賞功労賞、2010年第58回 菊池寛賞受賞。2011年ドキュメンタリー映画「紫」公開。2012年第63回日本放送協会放送文化賞受賞。2016年V&A博物館(英国)永久コレクション「日本の色・70色」収蔵。2018年V&A博物館(英国)「吉岡幸雄作品展 失われた色を求めて」開催。
https://www.sachio-yoshioka.com

Photography by Kunihiro Fukumori
Text by Akiko Ishizuka

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