桜から染めた色無地のきもの。

Style

Living in Japanese Senses

自然の色が心の芽ぐみとなる(後編)

2020.4.13

志村ふくみの精神が宿る。アトリエシムラの色無地きものが未来を紡ぐ

植物の色彩世界を今に伝えたいという思いを込めた染織ブランド「アトリエシムラ」。写真の色無地のきものは桜から染めたもの。

志村ふくみの紬織の思想を、娘・洋子が発展させ、さらに孫の昌司がブランドとして昇華させたアトリエシムラ。そのブランドを体現する「着る物」としてのきもの。その到達点が色無地だった。色無地にたどり着くことにいたったひとつの指標が、着やすさである。代表の昌司は「着やすさは、気安さ」と言いきる。たとえば現代の日常着としての洋服や人々のライフスタイルを俯瞰したとき、シンプルでミニマムなものを好む現代人にとって、ふくみや洋子のような作家性の高いきものは価格的にもハードルが高く、そもそも着て行く場所や機会が限られてしまう。

 

もっとふつうの人たちが普段着に近いかたちで着てもらえるきものはないだろうか。それでいて、ふくみや洋子の思想を受け継いでいなければ、それこそアトリエシムラ・ブランドのきものである理由が失われてしまう。そうしたジレンマのなかで昌司と若く志を持った多くのスタッフたちは、そこでふとあらためて「一色一生」に立ち返ることになるのだった。

季節の色、自分の色を、身に纏う。

色無地。それは自分の色を見つけることへと帰していく。それは昌司らにとっては発明に近い発見であった。自分の好きな植物で染めたきものを選ぶのもいいだろう。あるいは季節ごとの植物で染めたきものを四色揃えるのも楽しい。さらには自分に縁のある植物を持ち込んで、それで糸を染め、きものを仕立てることだってできる。実際、庭に生えていた桜の木を転居で止むに止まれず切ることになった人がいた。代々、大切にしてきたその桜で染め上げられたきものは、孫の成人式用に仕立てられ、たいそう喜ばれたというエピソードが残されている。

 

そうした色無地に込めた新しい哲学、すなわち色で自らを表現することは、ふくみの一色一生の思想ともピタリと重なり合っていくのだった。それは啓示のような閃きだった。

アトリエシムラで生み出されるきものやストールなどは、すべて手機による手織。草木の色で染めた紬糸を、経糸・緯糸それぞれ丹念に織りあげていく。 アトリエシムラで生み出されるきものやストールなどは、すべて手機による手織。草木の色で染めた紬糸を、経糸・緯糸それぞれ丹念に織りあげていく。

嵯峨の工房で草木染めの作業をするアトリエシムラのスタッフ。志村ふくみ・洋子の思想を未来に継いでいく担い手たちが着実に育っている

もうひとつ大事なことがある。アトリエシムラの色無地は先染め、つまり先に糸を染めてから織るという順序で織られている点だ。多くの色無地のきものは、基本的に後染めが中心だ。柄物と違って色無地はもともと複数の色糸や複雑な作業が不要なぶん、よりコストを抑えたほうが売りやすいためだ。しかしアトリエシムラの色無地は、蚕の繭から糸を繰り出しヨリをかけた紬であり、先染めした糸で織り上げている。その背骨のような指針は固く守り貫いている。そのため無地であっても、色味に深みやふくよかな表情が滲み出てくるのだ。


桜から染めたきもの。まとうと、ふわりと軽い着心地がしなやかな女性の優美さを強調してくれる。光の具合によって印象が変わる繊細な色彩は、こうした自然の景観のなかだけでなく街でも映えるだろう。 桜から染めたきもの。まとうと、ふわりと軽い着心地がしなやかな女性の優美さを強調してくれる。光の具合によって印象が変わる繊細な色彩は、こうした自然の景観のなかだけでなく街でも映えるだろう。

桜から染めたきもの。まとうと、ふわりと軽い着心地がしなやかな女性の優美さを強調してくれる。光の具合によって印象が変わる繊細な色彩は、こうした自然の景観のなかだけでなく街でも映えるだろう。

この桜色のきものも、太陽の光を浴びているときと、日陰やパラソルなど影に入ったとき、さらには光の当たる角度や着る人の所作などによって、赤みが強くなったり、グレーが濃くなったり、白に近い薄ピンクに見えたりと、その表情は刻々とうつろいゆく。正面から見たときと斜め横から見たとき、帯との組み合わせなどによっても、まったく印象が変わって見える。それこそが植物染料ならではの良さであり、紬のきものが持つ奥深さでもあるのだ。顔色、目の色、声色。むかしから色は人の心や感情、表情を意味する言葉として用いられてきた。まさに色が生き様を映し出す。アトリエシムラの色無地きものを着ることは、着る人自身の素肌に素心を纏(まと)うことでもあるのだ。

 

アトリエシムラのきものは、京都の四条河原町と東京の成城にあるショップ&ギャラリーで購入することができる。しかし昌司は「その場ですぐきものを買わなくても、いちどまとう体験をするためにお店に遊びに来てほしい」と語る。理由は、衣桁にかかっているのを見ているのと、実際にまとったのとでは、そのきものの様相はまったく別の生き物かと思うほどに異なっているからだ。

 

洋服でもフィッティングしてみてイメージギャップを感じることはしばしばあるが、きもののそれはより如実に現れるという。なぜか。それは洋服があらかじめボディの立体が想定されたデザインになっているのに対し、きものは一枚の布である。だから衣桁にかかっているとき、きものはまだ仮面を被っているようなものなのだ。しかし身に纏ったとき、その一枚の布は途端に動きだす。所作に合わせて動的な流れが生まれ、着る人の身体ではなく、所作にフィットしてゆく。この身を包む魔法のような感覚に驚嘆し、虜になってしまう人も多いという。

アトリエシムラのストール「玄鳥(げんちょう)」。野人参×樫/手織り。約590×2000mm(両サイドのフリンジ70mmを含む)39,000円(税抜) アトリエシムラのストール「玄鳥(げんちょう)」。野人参×樫/手織り。約590×2000mm(両サイドのフリンジ70mmを含む)39,000円(税抜)

アトリエシムラのストール「玄鳥(げんちょう)」。野人参×樫/手織り。約590×2000mm(両サイドのフリンジ70mmを含む)39,000円(税抜)

アトリエシムラのショップは「きものを着たいけど、どこで買えばいいのか、誰に相談すればいいのかわからない」という人たちにとっての、窓口となっている。そして、それでもきものにはなかなか手が届かないという人のために、手軽に購入できるストールも扱っている。このストールもオリジナルのオーガニックコットンを使用し、グレーは樫(カシ)、イエローは野人参から染めたものだ。もちろん手織りできめ細やかな肌心地は軽くて繊細である。


アトリエシムラで生み出されるきものやストールなどは、すべて手機による手織。草木の色で染めた紬糸を、経糸・緯糸それぞれ丹念に織りあげていく。 アトリエシムラで生み出されるきものやストールなどは、すべて手機による手織。草木の色で染めた紬糸を、経糸・緯糸それぞれ丹念に織りあげていく。

嵯峨の工房で草木染めの作業をするアトリエシムラのスタッフ。志村ふくみ・洋子の思想を未来に継いでいく担い手たちが着実に育っている。

アトリエシムラというブランドは2016年に始まったばかりだ。10 年、30 年、50 年と、時とともにきものの色が馴染み、その色と一緒に年齢を重ねていくのと同様に、歳月を積み重ねながらアトリエシムラという色をじんわり浸透させていこうとしている。それは現代の商業的価値が「新品」に価値を置くのとは、まさに正反対の思想である。糸は動物である蚕の繭から、染め出す色は植物である草木から、そしてその両者をつなぐ媒染剤には明礬(みょうばん)や鉄といった鉱物を使う。およそこの地球上に存在するあらゆる有機物を組み合わせ、人の手仕事によって織り上げてゆくこと。それは、子を産み、育てるような、命の営みそのものである。ブランドもまた同じことなのだ。

 

志村ふくみ・洋子を母とした志の継承を経糸とするならば、アトリエシムラはその志に現代的でカラフルな緯糸を通していく杼(ひ)のような存在だ。そうして紡ぎ出されたきものは、「着る物」の新しいスタンダードとして、即物的で刹那的ともいえる現代人のファッションに、きわめてエシカルな選択肢をもたらし、そしてなにより豊かでふくよかな日本の四季の色を取り戻してくれることだろう。

アトリエシムラ Shop & Gallery 京都本店
京都市下京区河原町通四条下ル市ノ町 251-2 壽ビルディング2F
11:00〜18:00
定休日 水曜・木曜(祝日の場合は営業)

 

志村昌司 Shoji Shimura
株式会社ATELIER SHIMURA代表
1972年京都市生まれ。京都大学法学研究科博士課程修了。京都大学助手、英国Warwick大学客員研究員を経て、2013年、祖母・志村ふくみ、母・志村洋子とともに芸術学校・アルスシムラを設立。2016年、染織ブランド・アトリエシムラ設立。著書に『夢もまた青し』(河出書房新社)。

Text by Naoya Matsushima
Photography by Kunihiro Fukumori

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